制限と補償の前に、問いたい法解釈と統治 木村草太さん

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聞き手・高久潤
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 いま、日本の統治機構の憲法原則が脅かされている――。憲法学者の木村草太さん(東京都立大学教授)は言う。長引くコロナ禍で、移動や営業の自由が制限される生活が続き、十分な補償がない「制約」には、反発の声が繰り返し上がる。そんななか、統治のあり方にこそ、日本社会の危機の本質がある、という指摘だ。どういう意味なのかを聞いた。

必要なのは正しい解釈に基づく検討

 ――東京や大阪、京都、兵庫で緊急事態宣言が出されています。「感染拡大を抑えるため」「人の流れを止めるため」という理由です。結果、移動や営業の自由に制約がかかっている。そもそもこの状況は、日本国憲法が保障する自由の侵害には当たらないのでしょうか。

 「結論からいうと、二つの条件が満たされれば、私権の制限は可能です。①規制の目的が自由の制限を正当化できるほど重要で、②規制の方法が合理的かつ、必要不可欠であれば、法律に根拠のある規制は合憲とされます。コロナ禍に当てはめれば、毒性の強い感染症のまん延を防ぐという『目的』の重要度は高い。感染症の専門家が合理的で必要だと考え、かつ法律に即した『手段』であれば、自由の制約は正当化され得るということになります。日本に限らず、欧米など立憲的憲法を持つ国々では、このような論理でコロナ禍における自由の制約がなされてきました」

 ――意外にハードルが低いように聞こえます。

 「いや、違います。むしろ『感染症対策なのだから、どんな制約でも我慢しろ』という論理は通用しないことを意味しています。その感染症を抑制することが社会にとってどれほどの重要性を持つのか、そして制約の内容、すなわち手段が科学的・法的根拠に照らして適切なのかという視点が重要です。そして法的根拠も伴わなければなりません。米国では、制約の度合いが適切な範囲を超えているから違憲だ、という判決も出ています」

 ――「やりすぎ」はいけない、ということですね。

 「感染症の拡大を止めるという目的に対して、その対策は役に立っているといえるのか。もっと緩やかな制約で効果的なものはないのか。こうした細やかな検討が不可欠です。具体的にいえば、人が集まってもほとんど会話しない映画館や、個人が黙々と打つパチンコ店の営業を制約する必要があるのか。営業自粛を要請するとして、それに従わない場合の罰則はどの程度にするのか」

 「言い換えれば、自由を制約する政策には、こうした法律の正しい解釈に基づいた細かな検討こそが必要です。ですが、この1年以上にわたるコロナ禍でこうした意識が今の政府には決定的に欠けていることが明らかになりました」

 「自由と補償をめぐる議論が繰り返されてきましたが、憲法上の問題という意味では、法の支配や政府の国民への説明責任といった、日本の統治機構の憲法原則が危機にさらされていることがより深刻だと考えています」

記事後半で木村さんは、コロナ対策に関する国の目標設定のあいまいさや、不十分な説明について論じます。そのうえで、近年の政権の憲法や法解釈に対する向き合い方についても鋭い指摘をします。

目標ないまま場当たり規制

 ――どういうことですか。

 「まず、先ほど示した条件の…

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