機動隊に投げられても 嫁ぎ先で、ダム監視小屋に20年

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原口晋也
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 石木ダム(長崎県川棚町)の建設予定地で長年監視小屋に通い、ダム反対運動を続ける後進の住民たちを笑顔で励ましてきた川原(こうばる)集落の岩永サカエさん(81)が亡くなった。一緒に小屋に詰め、闘ってきた松本マツさん(94)が、その最期に居合わせた。

 ふたりは月・水・木曜に朝から小屋に詰め、火・金曜は町のいきがいセンターで骨休めをした。4月20日の火曜も手づくりの弁当を携え、一緒にセンターで風呂に入った。

 先に上がり着替えを終えた松本さんが「まだ?」と浴室をのぞくと、岩永さんの白い背中が湯船に浮いていた。心臓発作だった。

隣人とスクラム、畑に投げられても

 水没予定地の川原に暮らす13世帯の妻たちは、全員が集落外から嫁いできた。岩永さんは20歳のころ、佐賀県から嫁いだ。21歳で娘のみゆきさん(59)を授かると、身寄りを亡くした甥(おい)と姪(めい)も引き取り、町内の工場で働きながら主婦として7人家族を支えた。

 みゆきさんが生まれてほどなく、県がダム建設を目的にひそかに現地調査をし、地域に緊張が走った。10年後に改めて予備調査をする際、県は「地元の了解なしにダムは造らない」とする覚書を住民と交わしたが、建設が可能とわかると、3年後の1975年度に国の認可を得た。住民は対抗して、石木川の右岸に監視小屋をつくった。

 岩永さんの子育ての期間は…

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