「衝撃的」ジェンダー平等の差、40年前も 橋本聖子氏

野村周平
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 自分と同じ女性選手に女性のトレーナーやドクターがついている。

 1981年、カナダで行われたスピードスケートの世界選手権は、当時、高校1年生だった橋本聖子さんにとって初めての国際大会だった。自分たちは満足に時差調整もさせてもらえなかったのに、海外では女性アスリートに対する扱いがこんなに違うのか。40年前の記憶をたぐり、当時の情景を「衝撃的だった」と振り返る。

 今年2月、森喜朗前会長の辞任を受け、急きょ東京オリンピックパラリンピック大会組織委員会会長に就任した。大会を通じてジェンダー平等の機運をスポーツ界、そして日本社会に広げていく。それが橋本さんが掲げる柱の一つだ。

 橋本さんは2006年、日本スケート連盟会長に就いた。当時も連盟幹部の不祥事を受けた「緊急登板」だった。

 橋本さんは、競技団体の運営方針を決める理事会が責任を十分に果たせていないと感じていた。「すべての理事に責任を持たせる。理事になるということは『その連盟の責任者なんだ』という自覚を持ってもらう」。そんな意識改革から手をつけたという。それぞれの役割を明確にして現場や組織の課題を改善していく。「厳しいことは言ってきたかもしれないけど、連盟が変わったのはそこだと自分自身では思っています」

 組織委の会長に就くと、理事を増員し女性理事の割合を42%まで高めた。女性起業家やスポーツとジェンダーの専門家らが新たに理事に加わった。

 「そうそうたるメンバーの方が理事を受けて下さった。私がどんどん理事のところに出向いて情報を持ってきて頂く。極端に言えば、『毎日が理事会』という意識です。何のために東京大会があって、それぞれが何の役割を果たさなければいけないか。毎日考えながら運営しています」

 ただ組織委はあくまで、東京大会のために作られた時限組織。日本のスポーツ界や社会全体で、多くの女性が意思決定に関わっていけるようにしていくには、大会後につながる取り組みが不可欠だ。

 五輪競技の団体の多くは、この6月に役員改選を迎える。中央競技団体役員の女性比率はいま、2割に満たない。橋本さんは「6月にできる限り女性理事を増やすことへの期待を、国内競技団体との会合で申し上げた。ここで(各団体の)『やる気度』が分かるだろうなと思っています。日本オリンピック委員会(JOC)や日本スポーツ協会も力を入れてくれている」。スポーツ界が本当に変わっていけるように、数合わせだけに終わっていないか、本当に多様な意見が取り入れられるようになっているか、情報を公開してチェックする仕組み作りも欠かせないだろう。

 社会全体の意識を変えていくには、更に広くに影響を及ぼす取り組みが必要だ。

 「政治の場においても、クオータ制導入など色々な議論はある。今はそういうことが必要かもしれないけど、先を見た時は、やっぱり(1997年以降に生まれた)Z世代の方々よりもっと若い世代から教育をしていかないと、普通にはなっていかない」

 橋本さんは、東京大会はそうした教育を考える契機になると考えている。

 「目や心で感じ取る若い世代から、(ジェンダーや障害など多様性に対する)教育をやっていく。この大会を機に、そうした教育をレガシーとして位置づけていくことがものすごく重要だと思っています」

 組織委内やパートナー企業と行っている研修を、学校教育などにもっと積極的に活用していくのも一つの手段になるだろう。

 橋本さんは言う。「これだけ注目されている組織だからこそ、すべてのスポーツ団体、企業、社会に対して影響力を及ぼしたい。社会全体が女性比率を一気に50%まで持っていこうという機運の醸成になるなら、組織委から変わるべきだと思った」

 朝日新聞が企画したZ世代との座談会で橋本さんは、大会が掲げる「多様性と調和」への思いの丈を語った。2021年は日本のジェンダー平等の分岐点になった――。後にそう評価されるようになるには、この先、何年にもわたって取り組みを積み重ねていく必要がある。組織委会長を終えた後も、ずっと役割は続く。(野村周平)

Think Gender

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男女格差が153カ国中121位の日本。生きにくさを感じているのは、女性だけではありません。だれもが「ありのままの自分」で生きられる社会をめざして。ジェンダーについて、一緒に考えませんか。[記事一覧へ]