「一度きりの大泉の話」を新聞記者が読んだら(小原篤のアニマゲ丼)

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拡大する写真・図版萩尾望都さん著「一度きりの大泉の話」(河出書房新社)

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 この本の核心は261ページ。萩尾望都さんが旧知のマンガ家仲間・山田ミネコさんに2020年夏にメールを送り「“大泉が解散したのは城さんと佐藤史生さんのせいだ”と竹宮先生に言われたってこと、覚えてる?」とただしたところです。鮮烈な場面が多い本なので「なぜここ?」と意外に思われるかも知れません。「なぜか」と言えば、心に傷を負った「個人的な体験」(後書き332ページ)とか、創作者たちの軋轢(あつれき)や葛藤、そういうこと(だけ)を萩尾さんが語った本ではない、と分かるポイントだから。このメールの意図は、新聞記者から見れば「裏を取る」にほかならないから。これから詳しく書きます。

 1970年、上京した萩尾さん(1949年=昭和24年生まれ)は東京都練馬区の大泉にある長屋でマンガ家・竹宮惠子さん(50年生まれ)と暮らし始めます。この住まいを紹介した増山法恵さん(50年生まれ。マンガ原作者でライター。後に竹宮さんのブレーン)もすぐ近くに住んでおり、彼女がいわばサロンの主宰となって、この家には佐藤史生さん、城章子さん(81年から萩尾さんのマネジャー)、ささやななえこさん(50年生まれ)、山岸涼子さん(47年生まれ)、山田ミネコさん(49年生まれ)ら同世代の少女マンガ家が出入りし、互いの原稿を手伝ったりマンガや映画や文学や音楽の話に明け暮れたり。共同生活は、竹宮さんから「別々に暮らしたい」と提案された72年秋まで続きました。マンガ史でよく「大泉サロン」と記述されます。

 前段の説明がもう少し続きます。

 2016年に竹宮さんが回想…

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