「唯一コロナのない」南極へ 3度目の出発、世界は激変

中山由美

拡大する写真・図版昭和基地にやってきたアデリーペンギン=2020年11月13日午後2時51分、南極・昭和基地、中山由美撮影

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 日本と季節が反対の南極。はるか1万4千キロ離れた昭和基地は今、冬に向かっている。今月末には太陽とお別れ、1カ月半も太陽が顔を見せない「極夜(きょくや)」がやって来る。痛いほど雪がたたきつけ、目の前も見えなくなるブリザードが次々襲来、零下40度近い極寒……。その過酷さすら、今は懐かしさを覚える。

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 61次南極観測隊は2019年11月、日本を出発した。新型コロナウイルスの感染が世界で初めて確認されたのは、その翌月。感染は瞬く間に世界中へ広がり、隔絶された南極は「世界中で唯一コロナウイルスのない大陸」と言われた。帰国は今年2月下旬、予定より1カ月も早まった。ウイルスを持ち込まぬよう、交代する62次隊は無寄港で南極を往復する観測史上初の事態となったためだ。隊に医師もいるが、南極でできる医療には限界がある。日本で助かる命も南極では助からないことも。

 「途中で帰れないの?」とよく聞かれる。基地の前は凍る海、海氷は厚さ数メートル、百キロ沖までびっしり続くことも。世界屈指の砕氷能力があるしらせでも12~2月の夏しか近づけない。「飛行機は?」、昭和基地は小さな島の上で滑走路がない。「ヘリコプターでは?」、一番近いアフリカ大陸南端まで4千キロ以上ある。燃料がもたない。

拡大する写真・図版トッテン氷河沖の海氷に入る観測船しらせ=2019年12月16日午前11時22分、南極海・トッテン氷河沖、中山由美撮影

 冬になれば、越冬隊は病気、けが、何があっても帰れない。約30人だけで生き抜く。1年以上も帰れない! 「そんな場所が地球上にあるんだ」。家族や大切な人との別れに立ち会えないこともある。南極で越冬するには自然の厳しさと向き合うだけではない、「覚悟」を突きつけられる。

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 私たち61次隊は一昨年11月27日、成田空港を出発、一夜明けて夏の豪州に着いた。西海岸フリーマントル港で、半月前に日本を出たしらせが待っていた。ここで燃料を補給、新鮮な野菜や卵など追加の食料を積み込む。観測隊ならではの「全員作業」開始。冷蔵コンテナまで列を作って手から手へのバケツリレーだ。「まだあるの?」、10キロ前後の段ボール箱が次々両腕にずっしり載せられる。

 観測船は年に1往復、郵便も荷物も輸送は1回だけ。なので運ぶ食料は1年分、越冬隊員1人あたり約1トン! 飲み物も含めてだが、すごい量だ。物資総量は約千トンにもなる。

【動画】豪州出港前に物資が積み込まれた=中山由美撮影

 出発まで数日、街にくり出す隊員も、観光する隊員も。私はパソコンとにらめっこだ。電波が届く間に写真や動画を送らないと。3度目の南極となる。初めて南極へ行った45次越冬隊の時はサイトで日記「ホワイトメール」をつづった。以来、極地から日々の発信は欠かせない。

 今回は写真を添えてツイッターで発信したかった。しかし、南極まで1カ月の航海中はネットが使えない。船内でできるのは専用アドレスのメールだけ、1通1メガバイト未満の制限がある。30分に1回、船で衛星回線をつないで全員分まとめて送受信する。そこでメールを送ってツイートする方法を見つけた! ただ事前にネット上で設定しておかなければならない。船では無理なので街のホテルで設定、船に戻ってメールを送り、また街に出てツイートできたか確認する。船を出たり入ったりし、やっと成功した。

 12月2日午前10時出港。しらせはゆっくりとフリーマントルの岸壁を離れた。「今回も直前までドタバタだった」、16年前、10年前のこの日を思い出す。まぶしい夏の日差しを仰げば、電波が届かない不安は消え、雄大な世界へ解き放たれる心持ちへ。気づけば360度、青い海だけ、陸も船も見えない。3度目の南極、今度は何が待っているのか――。隔絶された世界へ旅立つ不思議なわくわく感。南極で暮らす「非日常」が「日常」になっていくのがなんとも楽しい。

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 その時は、「日常」と思っていた世界が、コロナで激変するとは知るよしもなかった。2020年、私たちが生きたのは雪と氷の「パラレルワールド」だったのか――。南極生活1年余りを振り返っていこう。中山由美

拡大する写真・図版南極観測船しらせが砕氷しながら進む中、海氷上ではコウテイペンギンたちがのんびりしていた=2019年12月10日午前11時6分、南極海、中山由美撮影

南極観測隊

 南極地域で気象や大気、オーロラ、雪氷、地質、生物などを観測する。1956年に1次隊が出発、現在、62次隊が昭和基地で越冬中。本隊は11月出発から4カ月で帰国する夏隊と、1年4カ月後に帰る越冬隊で構成される。昭和基地に寄らず、離れた南極大陸内陸などへ行く別動隊もある。

 南極はどこの国でもなく、国際協力で平和と環境が守られてきた。領土権主張の凍結、地下資源開発や軍事基地建設の禁止、自然保護などを約束した「南極条約」は6月23日、発効60周年を迎える。日本は最初に署名した12カ国の1国で、現在は54カ国が締約。

拡大する写真・図版南極へ出発する前日、しらせと一緒に「記念撮影」した=2019年12月1日午前10時0分、豪州西海岸のフリーマントル

 記者は南極観測隊に3回同行。45次隊(2003~05年)では越冬の後半、南極大陸の内陸、標高3810メートルのドームふじ基地で暮らし氷床掘削を取材。51次夏隊(09~10年)ではセールロンダーネ山地で隕石(いんせき)探査や地質調査に同行した。61次越冬隊ではドローン撮影や内陸みずほ基地遠征などをし、今年2月に帰国。グリーンランドなど北極も7回訪れている。

拡大する写真・図版ホワイトメール 朝日新聞南極プロジェクト