性教育、親の「逃げ」にもきっと意味が 井上章一さん

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聞き手・藤田さつき
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 家庭向けの「性教育本」が相次いで出版されています。「#MeToo」運動などで、性差別や性被害が語られるようになるなかで、親たちの間で「子どもにちゃんと教えなきゃ」という意識が募っているのかもしれません。でも、どこまで、どう教えるのか。風俗史研究者で、性についての著作も多い井上章一国際日本文化研究センター所長(66)は「どこまでを明るみに出すのか」が気になっているといいます。

拡大する写真・図版井上章一さん=佐藤慈子撮影

 ――井上さんは性教育を受けたんですか?

 「私は受けたことはありません。同世代の人間はあまり受けていないと思いますよ。娘の時にはありました。ずいぶん昔の話ですが、小学4年の授業参観の科目が性教育でした」

 「先生は、陰部に毛が生える状態について、早くても、遅くても気に病むことはないと説明していました。いろいろな偏差をはらみながら毛は生えていくんだ、という至極穏当な話だったんですが、子どもたちは大はしゃぎ。いやだったのは、子どもがはしゃいで『チンチン』と言うと、その度に先生がたしなめはるんです。『チンチンと言ってはいけません。ペニスと言いなさい』と」

 「性を明るく語り合うことで理解しましょう、というのなら、その呼称自体が裏切っているように感じました。子どもはこんなラテン語の言い方になじんでいないし、かえって淫猥(いんわい)に響くでしょう? 『教育』になると、品位や型にはめる部分がどうしても出てくる。それは仕方ないけれど、『ペニス』や『性器』は本気で性を語り合う呼び方でしょうか。私は市民講座などであの部位を語る機会には、堂々とチンチンと言うようにしています」

「子どもはどうやってできるの?」。子に問われたら、どのように答えますか。後半では、井上さんが当時小学生の娘に伝えた内容が明かされます。

性的な秘め事 自我を育む

 ――最近は、性について子ど…

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