「総理は無理」 語っていた菅氏、転機となったあの日

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今野忍
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アナザーノート 今野忍

 みなさん、こんにちは。政治部で野党を担当している今野忍です。前回のコラムでは立憲民主党辻元清美氏について書きました。今回は野党の政治家ではなく、自民党が野党だったころから継続して取材してきた菅義偉首相について書きたいと思います。

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 菅氏は先月、首相として米国を訪問。バイデン大統領が初めて国内に迎える外国首脳として日米首脳会談に臨みました。会談後、同行記者団にバイデン大統領の印象を尋ねられると、「たたき上げの政治家で共通点がいっぱいある。一挙に打ち解け、緊張感が全くなくできた」と強調しました。ともに70代。首相は秋田県の農家に生まれ、バイデン氏の父親は車のセールスマンだった関係から、首相は「私と似たような感じを受けていたが、バイデン氏もそう思っているようだ」とも述べました。自信をのぞかせながら米大統領について語る菅氏の姿に、私は隔世の感を感じずにはいられませんでした。

「安倍さんを担ぎたい」 耳疑った

 私が菅氏を取材するようになったのは2012年2月。当時の自民党は野党で、総裁は谷垣禎一氏。幹事長は石原伸晃氏で国会対策委員長岸田文雄氏でした。菅氏はといえば、党の組織運動部長といって、業界団体などと党の窓口役のようなポストでした。お世辞にも主流派とはいえず、派閥にも属していないので目立つ存在でもありませんでした。当時、政界の関心事の一つが、その年の秋にある自民党総裁選でした。順調にいけば谷垣氏の再選でしたが、菅氏はこう言っていました。

 「俺は安倍(晋三)さんを担ぎたい」

 私は耳を疑いました。安倍氏はその後歴代最長政権を築いたとはいえ、当時は第1次安倍政権を途中で投げ出したというイメージがついていましたし、自民党内でも民主党に政権を明け渡した「戦犯」と見られていたからです。当時は再選をめざす谷垣氏のほか、石原氏や地方で人気があった石破茂氏らが有力な候補者として名前が挙がっていました。政権奪還の顔はさすがに安倍氏ではないだろうという受け止めが大勢だったのです。ただ、菅さんの中では谷垣氏や石原氏、石破氏はピンときていないようでした。誰を担ぐべきか、という観点から総裁選を捉えていたので、私は真意を探るために、こう聞いたことがあります。

 「菅さん本人が総裁選に打っ…

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