閉店間際の銭湯、客が語った身の上話 私も店を続けよう

森直由
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 新型コロナウイルスの感染が収まらず、苦境に立たされている人は多い。三重県伊賀市上野愛宕町の銭湯「池澤湯」を経営する池澤良武さん(64)もその一人だ。近年の利用客減少に、新型コロナの影響も加わって、売り上げは落ち込む。

 ちょうど行く末を悩んでいた2月中旬のある日の夜のことだ。「まだ開いてますか」。店を閉めようと思ったとき、ジャージー姿の若い男性が入ってきた。初めて見かける顔だった。

 「なるべく早く出てくださいね」。そう言って入浴料440円を受け取った。

 「仕事帰りですか」。男性に何げなく話しかけた。

 男性も自らの身の上話を始めた。妻に生活で苦労させたくないため、今勤めている建設関連会社を辞め、条件のいい別の会社への転職を考えていること、その面接を明日受けること――。そして、池澤さんに不安な心境を明かした。

 「あなたの熱い思いを伝えたら、絶対に通るよ」。そう言って池澤さんは男性を励ました。

 風呂から出てきた後も、不安そうな表情は変わらない。だから、男性に「当たって砕けるしかない。頑張りや」と伝えた。

 翌日の夕方、再び男性が銭湯に現れた。

 「おかげで面接に通りました。妻です」。隣にいた若い女性を恥ずかしそうに紹介した。

 夫婦で報告に来るとは思わなかった。2人は入浴料を払い、風呂に入った。

 「乾杯でもしようか」。夫婦が風呂から出た後、池澤さんは店で販売している炭酸飲料を手渡した。

 「自分も頑張って銭湯を続けていこう」。そう決意を新たにした瞬間だった。(森直由)