ハンセン病療養所の「自治」とは…資料たどり出版

雨宮徹
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 瀬戸内市沖に浮かぶ長島には、100年近い歴史を持つハンセン病国立療養所が2カ所ある。隔離政策のもと、双方の対照的な入所者自治活動の軌跡を丹念に資料からたどった「ハンセン病療養所と自治の歴史」(みすず書房、416ページ)を昨年2月に出版した岡山大学文学部講師の松岡弘之さん(44)。若手研究者を対象としたハンセン病市民学会の「人権賞」を受賞した。

 療養所は邑久光明園(おくこうみょうえん)と長島愛生園(ながしまあいせいえん)。光明園は、大阪にあった前身の外島(そとじま)保養院時代の1910年代、大正デモクラシーに呼応して互助の精神が生まれ、早々と自治組織ができたという。一方、30年に開園した愛生園。入所者が待遇改善などを求めた「長島事件」(36年)が起きたが、日本の隔離政策を推進した初代園長の影響もあって自治は困難な道をたどったと説く。

 ハンセン病との縁は岡山大入学後。履修した歴史学の教員が長島と交流があり、たまたま同行した。自身も交流を始め、人権侵害といった負の歴史だけでなく、身近な場所をよりよく変えようとした人々のことをまとめたいと思った。

 こうしたテーマで卒業論文を執筆した99年以降も、療養所の機関誌や会議録、行政文書を調べた。光明園で自治活動を主導したとされる入所者の日記など貴重な資料も見つけた。この間、生活や仕事の拠点を大阪市兵庫県尼崎市に移したが、研究を続けてきた。

 治療薬の登場でハンセン病が治る病となり民主化も進んだ戦後、自治活動は53年制定の「らい予防法」反対運動につながっていく。その歩みをさらにくっきりさせたいと考えている。(雨宮徹)