感染しやすさ横綱クラス「百日ぜき」 成人こそ油断せず

染方史郎
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 新型コロナウイルス感染症の流行によって、PCR検査や飛沫(ひまつ)感染など、これまであまり聞きなれなかった医学用語が一般に知られるようになってきましたね。その中で、基本再生産数や実効再生産数という言葉を聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

 今回は、百日ぜきを題材に、基本再生産数などの感染症関連用語やワクチンについて考えてみましょう。

1人の感染者から10人以上に感染?

 基本再生産数はR0(アール・ノート)と記し、元々は人口の増減を示す一つの指標として使われていました。

 その後、感染症の領域でも使われるようになり、1人の人間が何人に感染を広げる可能性があるかを示す指標となっています。

 例えば、1人から1人に感染を広げた場合には1、1人から2人に広げた場合には2と計算します。

 単に「再生産数」ではなく「基本」がついているのは、流行が起こっていない集団における指標であるためで、ひらたくいうと、R0は「どの程度感染しやすいか」を表す初期値です。

 時々刻々と変化する指標には、実効再生産数(R)が使われます。Rによって、感染症の流行をある程度予測することができ、Rが1を超えれば拡大に向かい、1を下回れば収束すると考えます。

 なお、新型コロナウイルス感染症のR0は2~3程度と考えられ、Rは地域にもよりますが、現在(4月時点)の日本では1を超える程度で推移しています。

 さて、R0が最も高い感染症をご存じでしょうか。最も有名なのは麻疹、いわゆる「はしか」です。R0は12~18とされています。世界的にはまだ根絶しておらず、日本でも時々はやります。直近では2019年に流行がありました。

 麻疹はウイルス感染症ですが、細菌による感染症の中で最もR0が高いのが、今回紹介する百日ぜきです。R0は12~17程度と麻疹とほとんど変わりません。

 百日ぜきは「Bordetella pertussis(ボルデテラ・パータッシス)」、和名では百日咳(ぜき)菌という細菌による感染症です。

 イラストでは、咳と関をかけて、お相撲さんに見立ててみました。

 その名も「百日関」。菌の名前から、ボルデテ裸族出身(ボルデテラ)で、得意技は「パー出します(パータッシス)」という設定です。

せきを出させることは、菌の生存戦略

 ダジャレはさておき、百日ぜきの特徴は、その名前の由来になったように、長く続く頑固なせきです。

 もちろんピッタリ100日というわけではありませんが、長い場合には3カ月ほどせきが続きます。

 このせきは、百日咳菌が産生する毒素によるものですが、人に嫌がらせをするためにせきを引き起こしているわけではありません。

 細菌にとって、人にせきをさせるということは、他の人に移るための手段です。巧妙な生き残り戦略ですね。典型的には、「コン、コン、コン、・・・・・」という連続したせきが特徴で、完全に息を吐き切るまでせきが止まりません。

 これ以上吐けないというところまでせきをした後に、ようやく息を吸うことができます。そして、吸ったと思ったらまたせきが始まる、ということが繰り返されます。とてもつらそうですね。吸う時も勢いがすごいので、空気が通る「ヒュー」という笛のような音(whooping)が聞こえる場合があります。音が聞こえるということは、吸い込みにくくなっているという証拠でもあります。

 狭くなることにとどまらず、完全に気管が閉塞(へいそく)すると吸えない状態に陥ります。このような理由から、大人なら多くは「ちょっとせきが長く続くな」という程度で済みますが、乳児では重症になりやすいということです。

 大人ではこのような典型的な症状はまれですが、小児、特に乳児(特に生後6カ月未満)では、気管を支えている軟骨がふにゃふにゃなために、空気の通り道が狭くなって、whoopingが起こりやすくなります。

 意外と知られていませんが、百日ぜきは07年ごろから増え始め、小児だけでなく、成人の感染も増えています。

大人は典型的な症状が出ない人も

 しかも成人の場合、典型的な症状ではないことも多く、知らないうちに感染を広げている可能性があります。

 成人の感染が増えると、乳児に感染させることも増えます。また、百日ぜきは感染者が多い感染症の一つです。麻疹が比較的多かった19年で比べてみても、麻疹が744人であるのに比べ、百日ぜきは1万6845人と20倍以上の感染者が出ています。また、診断が難しいため、少なめに見積もられている可能性があります。

 多いとはいえ、R0の大きさの割に、現在の新型コロナウイルス感染症(20年からの累計は約60万人)に比べて圧倒的に少ないのはなぜでしょうか。これは、子どものときの罹患(りかん)もしくはワクチンの影響によって、実際の流行を示すRが低いためです。

 麻疹もそうですが、百日ぜきも基本的には生涯で一度だけかかる感染症です。百日ぜきの場合、現在の定期接種ではジフテリア、破傷風との三種混合(DTaP)もしくは不活化ポリオワクチンも加えた四種混合(DTaP―IPV)になっています。

 ワクチンは体に病原体を記憶させることで免疫を活性化するものですが、脳の記憶と同じで、免疫の記憶も次第に薄れていきます。そこで、記憶が薄れた頃に再度ワクチンを接種することで、より記憶が強くなります。これを、追加免疫効果(ブースター効果)と呼びます。いくつかの例外を除き、複数回接種するのはそのためです。

 百日ぜきワクチンの開発には日本人が大きく貢献しており、現在の極めて安全で、有効性も高いワクチンが接種できるのは、開発者の血と汗と涙のたまものです。

 ただし、有効性が高いとはいえ、本当の感染に比べると記憶効果は劣ります。そのため、徐々にその効果が弱くなります。

 ワクチンが普及する前は、百日ぜきの感染者が多く、知らない間に自然感染して治っていましたが、感染者数が減少し、自然にかかる機会が減りました。そのため、ワクチンの効果が薄れた成人での感染が増えてきたと考えられます。

 皮肉なことに、感染者数が減ったことで、大人になってからかかりやすくなったということですね。このような現象は、百日ぜきに限ったことではなく、麻疹風疹でも同様で、ワクチンを決められた通りに接種した人でも、成人してから罹患する例が知られています。

 成人になってから、ワクチンを追加で接種することも今後検討する必要があるかもしれません。

 なお、20年は2932人(暫定値)と、前年の5分の1ほどに減っています。百日ぜきも新型コロナウイルス感染症と同様に、主に飛沫で感染するので、新型コロナウイルス感染症に対する感染対策が、百日ぜきにも功を奏したのだろうと考えます。

 お子さんをお持ちの方は、学校での流行も気になりますね。蔓延(まんえん)に注意すべき感染症(第二種の学校感染症)として、百日ぜきは「特有のせきが消失するまでまたは5日間の適正な抗菌薬療法が終了するまで」の出席停止が定められています。

 「または」の部分に注意してください。「特有のせきが消失」しなくても「適正な抗菌薬療法が終了」すれば、出席が可能になるということです。実は菌が消失しても、せきがしばらく続くことが知られています。

 出席停止は周囲への感染の拡大を防ぐことが目的であり、マクロライド系と呼ばれる抗菌薬を5日間のむと、せきがあっても感染力がほとんどなくなるため、学校に行っても問題ありません。また、せきが治らないという理由だけで、抗菌薬をのみ続ける必要はありません。

コロナワクチンの接種率、収束に向かうためには?

 最後に、R0に関してもう一つうんちくを傾けたいと思います。

 R0の値から、ワクチンを接種すべき割合も計算できます。たとえば、R0が10ということは、1人が10人に感染させることを意味しますが、感染させられる10人のうち9人が免疫を持っていれば、1人にしか感染しないことがわかります。つまり、Rが1になるということです。

 したがって、ワクチンの効果が100%であるとした場合、90%以上の人がワクチンを接種すれば、流行を収束させられます。流行を阻止するだけなら、すべての人がワクチンを接種しなくてもいいと言えます。ただしあくまでも、有効性が100%の場合ですから、有効性が劣る場合には、これよりも高い接種率が必要です。

 新型コロナウイルス感染症を考えてみましょう。R0を3程度として計算すると、収束に必要な接種率は約67%以上ということになります。有効性がまだ明確ではないため、できるだけ多くの人がワクチンを受けた方がいいですが、有効性が100%に近いワクチンであれば、7割程度の接種率でも流行の阻止に十分な効果があると言えます。

 まだまだ油断ならない状況ですが、今後のワクチンの開発に期待したいと思います。

 ※基本再生産数や実行再生産数について、一般の方にもわかるよう、平たく説明しています。厳密な定義については、専門書や以下のURLをご覧ください。

https://jeaweb.jp/covid/glossary/index.html別ウインドウで開きます(染方史郎)

染方史郎
染方史郎(そめかた・しろう)大阪市立大学大学院医学研究科細菌学教授
本名・金子幸弘。1997年長崎大医学部卒。国立感染症研究所などを経て、2014年から現職。薬が効かない「薬剤耐性菌」の研究をしています。また、染方史郎の名前で、オリジナルキャラクター「バイキンズ®」で、細菌をわかりやすく伝えています。著書「染方史郎の楽しく覚えず好きになる 感じる細菌学x抗菌薬」(じほう)。オリジナルLINEスタンプも発売中。