コンビニもレンタカーも…「ない」を楽しむ舟屋の町

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大野宏
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 コンビニもレンタカーもなく、夜はほぼ真っ暗。漁業がさかんな京都府北部にある伊根町の自慢は、昔ながらの風景だ。「舟屋」と呼ばれる独特な造りの建物が、伊根湾沿いにずらり。この街並みを残しつつ、色んな「ない」をもっと楽しめる場所にする取り組みが進んでいる。

伊根湾岸に広がる「日本のベネチア」

 午前5時。舟屋の2階で目が覚めた。階下の舟置き場に降り、小さな椅子に腰掛けると、目の前で鏡のような海面が刻々と色を変えていった。かすかな波音だけが聞こえる。

 1階は舟のガレージ、2階は居室。そんな造りの舟屋が、伊根町の伊根湾岸には約5キロにわたって約230軒立ち並ぶ。海と生活が一体化した景観は「日本のベネチア」とも呼ばれる。

 記者が泊まったのは、その1軒を使った「舟屋民宿 潮音(しおね)」。湾のほぼ西端で昨年6月に開業した。

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「舟屋民宿 潮音」から見る早朝の伊根湾と松島。この場所で釣りもできる=2021年4月23日午前5時37分、京都府伊根町日出、大野宏撮影

 オーナーの森田連三さん(49)は町職員。定住促進担当だった約10年前、昭和初期の舟屋が売りに出たのが、きっかけだ。町に購入を提案したが認められず、自ら買って空き家バンクに登録。若い世代の移住を待ったが、求める条件に合う希望者は現れず。宿に改装し、けがで勤めに出られなくなった妻の秀子さん(52)に経営を委ねた。

 「もうける気はありませんが、軌道に乗れば子どもたちに残してやれる財産になるかなと。この地域で生きていって欲しいので」

増える「1日1組」の宿

 宿は1日1組限定の素泊まり。2階に3人分のベッドと、キッチンにIHヒーターや炊飯器、食器などをそろえた。窓からの景色が自慢。将来は1階に舟を置き、釣りや湾内遊覧をしてもらおうとも考えている。

 伊根浦地区は2005年、漁村では初めて、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた。その景観を楽しもうと、コロナ禍前には年間30万人超の観光客が押し寄せ、人口2千人ほどの町をにぎわせた。

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「潮音」の2階にはキッチンや調理器具、食器が備え付けられていて、窓からは海が見える=2021年4月22日、京都府伊根町日出、大野宏撮影

 ただ、舟屋が並ぶ一帯に、宿は少ない。町内では昨年7軒が開業して計30軒超となったが、特に「舟屋に泊まりたいニーズは大きい」と町観光協会の吉田晃彦事務局長は言う。1日1組の素泊まりは、運営負担が少ないのも利点。町内の宿の8割がこのスタイルで、宿不足の解消が少しずつ進む。潮音も開業から約90組を受け入れた。

 「1日1組」のパイオニアは、09年に「舟屋の宿 鍵屋」を開いた鍵賢吾さん(50)だ。高校卒業後に伊根を出て料理店で働き、父の看病で08年に帰郷すると、実家の舟屋で民宿をと町商工会に頼まれた。伊根浦の民宿は当時、数軒のみ。ただ、重要伝統的建造物である舟屋は建て替えができず、収容人数も限られる。そこで、1日1組に得意の料理を出す1人1泊2万円台の宿を始めると、たちまち人気になった。

 「最初はどこへ行っても『すごい高い民宿をやってる人』と紹介されたが、舟屋の事情に合っていた」と振り返る。

 ただ、宿の多くは食事の提供に手が回らず、素泊まりが大半。「外食難民」という新たな課題が生じた。

地魚でもてなす町の施設

 記者が泊まった舟屋宿は調理器具と食器付きだったが、漁港に来たからにはプロが料理した地魚が食べたい。

 海岸沿いに東へ2キロほど進むとオレンジ色のあかりが見えた。町の観光交流施設「舟屋日和」だ。ここに出店する「鮨(すし)割烹(かっぽう) 海宮(わだつみ)」で海を眺めつつ、刺し身や煮魚、すしを楽しんだ。

 09年にできた「鍵屋」の成功を機に「1日1組」の宿は増えたが、素泊まり宿が多数派。町にコンビニはない。高台に道の駅はあるが、舟屋かいわいでは、曜日や時間によっては食事ができない――。そんな不満に応えて17年にできたのが、舟屋日和だ。

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「舟屋日和」内の「鮨割烹 海宮」では地元で捕れた刺し身が食べられる=2021年4月22日、京都府伊根町平田、大野宏撮影

 道路を挟んで山側に母屋、海…

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