鳩山元首相「最低でも県外」は混乱? 福島瑞穂氏の視点

河口健太郎
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 鳩山政権は、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設計画見直しを掲げたものの、最後は名護市辺野古への移設案に回帰した。「混乱」の象徴とされたが、辺野古反対で閣僚を罷免(ひめん)された社民党福島瑞穂党首(65)の目には、そう映ってはいなかったという。

 普天間飛行場が固定化され続けるのは、沖縄の人たちが望まない、できもしない移設計画に固執しているから。現在の計画は「辺野古への移設」ではなくて、「辺野古への新基地建設」。陸上にある普天間飛行場と違い、新しく軍港も備える計画ですから。人口密集地ではないとしても、ひとっ飛びすれば住宅地の真上。騒音に苦しむ人が名護にも生まれることになり、負担増なんですよ。

 2009年8月の衆院選を控え、民主党の鳩山由紀夫代表が普天間飛行場の移設先について「最低でも県外」と発言したときは、踏み込んだなって。今までと違う政治をやる、という覚悟を示したと思いました。

 別の移設先は見つからず、最後は「辺野古」で閣議決定しましたが、もう少しぼんやりした書き方だったら考える余地もありました。でも、あれでは明確に辺野古の新基地建設決定ですから。同意できません。もし、署名していたら、社民党はもう消滅していますよ。沖縄を裏切って、党として「平和だ」「憲法だ」って主張しても、何一つ説得力を持てません。

 鳩山さんも「これは大変な問題だから、水面下で努力します」と言えばよかったんですよ。「県外・国外移設」を高い目標として掲げながら、米政府に密使を出すなどして、しぶとくやるべきだったんですよ。

 鳩山政権が混乱を招いたとは思っていません。自民党政権が強行してきたことが、よほど大混乱を招いているんじゃないですか。その後、辺野古反対の『オール沖縄』の枠組みができ、翁長雄志知事や玉城デニー知事が誕生しました。いまもみんなが反対で頑張っている。そのきっかけが、あの政権交代だったのではないでしょうか。だって、自民党政権のままだったら、疑問の一つも出てこない。『辺野古に移設します。以上』ですよ。(肩書は当時)(河口健太郎)

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 ふくしま・みずほ 1955年、宮崎県生まれ。98年に参院比例区で初当選。当選4回。2009年の政権交代時も社民党党首で、消費者や少子化などを担当する内閣府特命担当相として初入閣した。立憲民主党との合流をめぐり、社民は事実上分裂したが、自らは党に残る道を選んだ。