安定捨て「第二の故郷」再生へ 元学生の恩返し

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東野真和
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 あの時、何もできなかった――。後悔の念を抱えた男性が2月下旬、秋田県から熊本地震の被災地、熊本県南阿蘇村に戻ってきた。かつて学生として住んだ地。その再生の一助になれればと、安定した生活を捨て、やってきた。

 南阿蘇村黒川地区には、かつて東海大学農学部のキャンパスがあった。周辺の下宿やアパートには学生約800人が住み、「学生村」と呼ばれた。

 卒業生で、大阪府出身の市村孝広さん(30)は2009年から13年まで暮らした。地元住民と一緒になっての祭りや運動会。「学生は兄弟姉妹、大家さんは親。全体が家族だった」。村は第二の故郷になった。

 16年4月16日朝。大手養豚会社の秋田県内の農場に勤めていた市村さんは、出勤前に自宅のテレビをつけた。熊本地震の被災現場からの中継で、14日に続き16日未明にも大きな揺れがあったことを伝えていた。

 「グリーンハイツ」と書かれた看板が落ちてひしゃげているのが目に飛び込んできた。学生時代に住んでいたアパートだった。2階建ての1階部分がつぶれ、学部の後輩が亡くなっていた。

 就職して4年目だった。まだ仕事を覚えている段階で、現地に行くことはできなかった。時が経つにつれ「仕事を言い訳に何もしなかった」と悔いが募った。秋田県出身の友紀子さん(32)と結婚後も、黒川地区への思いは増すばかりだった。

 「これ知ってる?」。昨年5月、友紀子さんはツイッターで見つけた情報を市村さんに伝えた。南阿蘇村が地域おこし協力隊員を募集していた。村は黒川地区の再生に携わる人材を求めていた。リモートで面接を受けた。「力になりたいんです」。今年2月、役場で最終面接を受け、採用が決まった。

 面接に合わせて、久々に黒川…

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