普天間返還は現行案で急ぐべきだ 元防衛官僚の危機感

編集委員・藤田直央
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 2009年に誕生した鳩山政権は、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の「県外移設」をめざした。政治主導を掲げる政権の政治家と米政府の板挟みになりながら交渉を担った黒江哲郎・元防衛事務次官(63)に舞台裏を聞いた。

 米海兵隊普天間飛行場の県外移設を掲げて断念した鳩山由紀夫首相の下で、米側と交渉しました。最初から岡田克也外相は県内の米軍嘉手納基地への統合案に、北沢俊美防衛相は現行案修正に言及し、一枚岩とは言えませんでした。

 とにかく自民党政権がつくった名護市辺野古に移設する現行案と違うものに、ということで、九州への移転も検討しました。米側が強く主張したのが距離の問題でした。米軍の海兵隊には、歩兵部隊と歩兵を運ぶヘリ部隊が近接していることで陸海空軍にない即応力があり、それを維持しないといけないということでした。

 鳩山内閣の計画見直しの姿勢を追い風に、米側から何らかの基地負担軽減を勝ち取れないかとも思いました。しかし、首相が政治主導で「県外」と言いながら政府・与党がまとまらず、米側に具体案をなかなか示せない。不信感を強めた米側の態度はものすごく硬く、まともに議論出来る環境にはありませんでした。

 合意から25年も動かない普天間の返還は現行案で早く実現すべきです。中国側を中心とする地図を見るとわかりますが、中国から太平洋へ出て行こうと、日本列島がふたをしている。何とか抜けられそうな場所が南西諸島であり、その中心の沖縄本島から即応能力の高い海兵隊の拠点をなくしたら、中国はどう考えるかということです。

 防衛省は米軍と地元の板挟みになりながら現実的な形で基地負担を一歩ずつ軽減しようとしています。県民が使える土地を少しでも増やそうとしているんです。私は沖縄に対してずっと直球勝負でした。(米軍再編に盛り込まれた)沖縄の海兵隊のグアムへの一部移転も辺野古移設のハンコをついてくれなければ何もできない、と。相手にされませんでしたけど。何が望ましい姿勢だったのか、今でもわからないんです。(編集委員・藤田直央

 くろえ・てつろう 1958年、山形県生まれ。東京大学法学部卒。旧防衛庁に81年、文官の「背広組」として入庁。省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長、事務次官を歴任し、2017年に退官した。現在は、三井住友海上火災保険顧問。