米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先である名護市辺野古の沿岸部に2018年12月、埋め立てのための土砂が投入されました。強まる県側の反対を振り切る形でした。当時の防衛相、自民党の岩屋毅衆院議員(63)に判断に至った経緯などを聞きました。
――土砂投入開始は、防衛相に就任してから約2カ月後のことでした。
「米兵による少女暴行事件に端を発し、普天間飛行場の返還が合意されてから今年で25年が経ちました。衆院初当選から30年以上。ずっと外交、防衛に関わり、この問題の経緯もずっと見てきました。防衛相になった当初から、在任中に何とか進めなければいけないという決心を持っていました」
「仲井真弘多知事が埋め立てを承認してから8年。この間に中国の海洋進出に北朝鮮の弾道ミサイル発射と、日本の安全保障環境はどんどん厳しくなっていきました。米軍による抑止力を維持しつつ、沖縄の基地負担を軽減するには、辺野古移設しかないという考えでした」
――埋め立てが始まった12月には、防衛省によるボーリング調査で軟弱地盤が確認されていました。この事実を知ったうえで、投入を判断したのですか。
「報告は受けていました。時間とコストが増えてしまうという思いはありました。それでも日本は、羽田空港の拡張や関西空港といった海上の空港に関する難しい工事をやり遂げてきた。その海洋土木技術をもってすればできないことじゃないと考えていました」
――この年、辺野古移設に反対していた翁長雄志知事が急逝し、遺志を継いだ玉城デニー氏が当選。移設の賛否を問う県民投票が翌年2月に見込まれていました。県民投票前に、と急いだのではないですか。
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なぜ、普天間は動かないのか。これからどこへ向かうのか。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の電撃的な返還合意から25年。節目の今年、ワシントン、東京、沖縄にいる朝日新聞記者たちが、日米沖の政治家や官僚、識者や普天間周辺で暮らす人たちに取材しました。
「それはありません。どうい…
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