「主張」は必要 元パラ代表の上原大祐さんに聞く

有料会員記事

聞き手・石川春菜
[PR]

 東京五輪パラリンピックのレガシー(遺産)として、進められてきた街のバリアフリー化。それでもなお、障害のある人が障壁に感じることは多いです。パラアイスホッケー銀メダリストの上原大祐さん(39)に障害者をめぐる日本の現状について聞きました。

写真・図版
パラアイスホッケー銀メダリストの上原大祐さん=2021年4月27日、東京都中央区築地5丁目

プロフィール

うえはら・だいすけ 二分脊椎(せきつい)症で生まれつき足が不自由な車いすユーザー。19歳から本格的にアイスホッケーを始め、3度パラリンピックに出場。2010年バンクーバー大会では銀メダルを獲得した。現在はバリアフリーのコンサルティングを手がける会社の経営や、障害を持つ子どもとスポーツを楽しむNPO法人の運営などを通じて、社会の障害を「攻略」する活動をしている。

声をあげるのは「わがまま」?

 ――車いすで移動する時、課題だと感じることは何ですか?

 「自ら遠慮するか、さもなければわがままだと言われることが多いと感じています。だから最寄り駅に階段しかない場合、遠回りでも1駅先のエレベーターがある駅まで行こうと思う人が多い。『人を集めて運んで欲しい』と言えば、『わがまま』と言われかねないのです」

 「私も、1人で行動した方が手っ取り早いから、遠回りします。駅員さんに頼んでも、場合によっては20分ほどかかることもあるし、申し訳ないとも思うし。出かけるときは、駅にエレベーターがあるかとか、めちゃくちゃ調べないといけなくて大変。駅構内図でエレベーターを確認してから行っても、それが商業施設のもので、乗ろうとする電車の時刻が、施設の営業時間外ならば乗れないということもあります」

 ――当事者が改善を求めて声を上げることで、炎上するケースも少なくありません。最近では、車いすを利用するコラムニストの伊是名夏子さんが無人駅を利用しようとして、駅員から一時「案内できない」と言われたことをブログに書くと、事前に乗車の連絡をしなかったことなどに多くの批判が寄せられました。

車いすだと「乗車拒否」 投稿したら、わがままとの批判

車いすで生活する川崎市のコラムニスト伊是名(いぜな)夏子さん(38)が、無人駅を利用しようとした際、駅員から一時「案内できない」と言われたとブログに書いたところ、「わがまま」という批判も多く寄せられた。障害者が障壁なく生活するにはどうすればいいのか。

 「『わがままだ』と言われようと、主張することは必要です。黙っていても何も変わらない。障害者に限らず、健常者の世界だって、戦う人がいたから権利がある。かつてはパワハラを訴えるのも『わがまま』と言われていたのが、今は言われない。それが障害者の部分においてはまだまだなんです」

 「障害者の中には、ある程度制度に守られて満足しているから騒ぐなよ、という立場の人もいるんです。ただ、その制度も先人が声をあげたからこそです」

足りない想像力 「友達ごと」にして

 ――車いすで公共交通機関を利用する際に、事前に連絡をすべきだという意見に対してどう答えますか。

 「障害者なんだから事前に連絡しろよというのは、差別意識の表れ。連絡が必要なのは仕方がないというのも、『自分ごと』として考えられていない。自分が海外旅行をするときに、レストランや駅など行く先々に、『日本語しかできないのですが』と連絡するでしょうか。『日本語に対応できるスタッフはいません』と言われたら、行くことを諦めるでしょうか。想像力が足りていません。事前の連絡が必要なら、日本語ができない車いすの外国人観光客は、日本を旅行できないということにもなります」

 ――なぜ想像力が欠けてしまうのでしょう。

 「障害がある人をサポートをする機会に恵まれていないからではないでしょうか。日本では健常者が障害者と接する機会が少なく、ほとんどの人に車いすを持ち上げた経験はありません。障害があれば小学校から特別支援学校を選ぶ児童が多く、一緒に教育を受けることが少ないからです。もしクラスメートに車いすユーザーがいて、学校生活の中で車いすを持ち上げる機会があれば、街中でも同じことができるかもしれない」

写真・図版
平昌パラアイスホッケー韓国戦でパックを追う上原大祐さん=2018年3月10日

 ――障害者に対する海外の状況はどうですか。

 「12、13年に暮らしていた米国や、12年にオリンピック観戦に行ったロンドンは日本とは違いました。東京よりバリアフリー化は進んでいないと感じましたが、『手伝おうか』という環境が整っていて、事前にエレベーターの有無を調べたり、エレベーターのある駅まで遠回りをしたりする必要がなかった。滞在経験がある友人たちも同じことを感じたと言っています」

 「米国では階段を前にすると知らない人に『手伝おうか』と声をかけられ、あっという間に車いすを運ぶ即席の『チーム』ができました。チーム作りがうまいんです」

 「ロンドンでは、電車を降りるとすぐに近くのおじさんが『観光でしょ。こっちは階段だけど、あっちからなら車いすでいけるよ』と声をかけてくれたことが印象に残っています。すごくいいなと思って。車いすでの移動を、車いすに乗らない人が『自分ごと化』しているんですよね。私はいつも、『自分ごと化』は難しくても『友達ごと化』したらいいよと言うんですけれど、それが根付いていると感じました」

パラスポーツへの理解 遅れている日本

 ――パラスポーツについて、アメリカで日本との違いを感じたことはありますか。

 「まずアメリカは『障害者スポーツ』じゃないんです。『スポーツ』として一つの選択肢なんです。私が12年から在籍していたフィラデルフィアのチームには、兄が障害者、弟が健常者の兄弟がいました。パラアイスホッケーのメンバーに健常者がいるのは当たり前。スタンディングじゃなくて、座ってスレッジ(専用のそり)を使いこなすホッケーがしたいという、それだけです。車いすバスケなどもそうでした。マインドが全然違います」

 「日本では、障害者スポーツ

この記事は有料会員記事です。残り1431文字有料会員になると続きをお読みいただけます。