湖の白鳥ボート、多くは群馬産 「海なし県」からなぜ?

寺沢尚晃
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 湖に浮かぶ白鳥の形をしたボート。全国各地でみられるが、実はこれ、多くが「海なし県」群馬でつくられている。製造しているのは、群馬県明和町斗合田にあるボート会社「スナガ」だ。業界団体も正確なシェアは把握していないが、砂賀康正社長(72)は「全国のほとんどがうちの製品だと思います」と胸を張る。

 1887(明治20)年に「砂賀造船所」として設立。主に渡し船として使われる「和船」の製造から会社の歴史は始まった。会社所在地は利根川に近い。創業以来、ここでつくり続けている。

 大正時代に入ると漁船や運搬船も手がけるようになり、遊園地や湖沼でみられるようなボートをつくり始めたのは昭和に入ってからだ。

 転機は戦後に訪れた。それまで櫓(ろ)でこぐものばかりをつくっていたが、エンジン付きのボートの操縦が免許制になったのと前後して、父孝三さん(故人)が足こぎ式のボートを導入した。さらに耐久性の高い繊維強化プラスチック(FRP)の工場をつくり、漁船やモーターボートなどとともに生産を増やしていった。「以前は年間で600~700隻の足こぎボートをつくっていた」という。

 「スワンボート」といわれる形が有名だが、納入先の希望に応じて様々なデザインのものも手がける。前面にパンダやコアラの顔をつけるなど「子どもたちに人気のあるものの注文が入る」。ヘリコプターやパトカーなど、水とは関係ないデザインも子どもたちを引きつけるという。

 少子高齢化で注文は減少傾向だ。ただ、需要を掘り起こそうと、免許が要らないエンジン付きボートの製造にも力を入れる。長さ3メートル未満2馬力以下で、釣り人にも人気がある。「こがずに気軽に楽しめるボートは、今後も売れるのでは」と期待する。

 働く23人が全員正社員なのは理由がある。「仕事の6割ほどは手仕事。自社で製品をつくるという原則を守るためには、経験者をきちんと育てることが大切なのです」(寺沢尚晃)

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【社長訓】利益を失うとも信用を無くすな

 2000年から社長を務めてきた。忘れられないのは東日本大震災だ。津波によって、東北を中心に漁船がことごとく壊され、流された。その数は岩手、宮城、福島の3県で2万隻以上に上る。

 そのとき、ボート製造業界全体で漁船づくりに注力した。「漁業者にいち早く仕事をしてもらうために、会社もフル回転だった」

 漁船が一段落すると、今度はスワンボートを各被災地に納めた。真新しいボートはとても喜ばれた。「なりわいだけでなく、観光にも目を向けられるようになった被災地をみて、私たちこそ喜んだ」

 自身が就任した際に考えた言葉だ。ほかにも「常に頭を働かせ仕事に全力をつくす」などもあるが、この言葉を筆頭に掲げる。「震災だけでなく、いざというときにみんなのために動けるか。その心を大切にしたい」