夫は国枝慎吾、引退よぎった妻が作り続けた愛の復活飯

榊原一生
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 東京パラリンピック開幕まで、16日であと100日となった。5度目の出場で四つ目の金メダルを狙う車いすテニス国枝慎吾(37)には、競技生活をともに送るパートナーがいる。同い年の妻・愛さんだ。「練習し、試合で実力を出すにも健康的な体が不可欠。食でも彼を支え、長く現役生活を続けて欲しい」と夫をサポートしている。

 長く国内で国枝の戦いを見守ってきた愛さんが、コーチやトレーナーらに交じって世界を転戦し始めたのは2017年からだ。きっかけはその年の2月、国枝が電話口で漏らした一言だった。

 「やっぱり(手術した)ひじが痛い。引退しなきゃいけないかも」

 国枝は16年に右ひじを手術。無理を押して臨んだリオデジャネイロ・パラリンピックでは銅メダル(ダブルス)を獲得した。その後、約4カ月休養したが、痛みは消えていなかった。

夫とともに世界ツアー転戦

 練習直後に電話を受けた愛さんは「休み明け初日に痛みが出たのがショックだったんだと思う。私も引退の一言に動揺し、言葉が出てこなかった」と振り返る。グランドスラム(4大大会)やパラリンピックなど最高峰の舞台でプレーできる時間はそう長くはないと感じた。夫の戦いをそばでサポートすると決めた。

 2人は麗沢大の同級生。テニスサークルで知り合い、11年に結婚した。当時、国枝はすでに車いすテニスのプロ選手として活動していたが、愛さんは国枝がどれほどの選手かは知らなかった。テニスの話はほとんどしてこない。「でも、自分で稼げる人というのは感じとれた。将来に不安はなかった」と話す。

 結婚を機に夫の食生活をサポートするため、愛さんは選手のパフォーマンス向上に最適な食を提供する民間資格「アスリートフードマイスター」を取得した。こだわりはサラダや汁物には多くの食材を使うこと。2人が暮らす地元千葉で採れた野菜や栄養価の高い旬の食材も生かす。海外では手に入った食材で日本食も作った。さらに試合の進行具合が読めず待ち時間の長い競技性を考え、補食用のおにぎりも持たせた。

「納得するまで現役続けて」

 国枝は18年に全豪、全仏オープンを制し、復活を遂げた。「多少でもついていったかいはあったかも」と愛さん。面と向かって食事に反応を示すことは少ない。ただ、国枝がインタビューでパフォーマンス力向上のために食事の重要性を語っているのを聞くと、「気づいてくれているんだ、と。年齢を重ねて、その大切さを分かってくれていればそれでいいかなと思う」。

 コロナ禍でここ1年は海外ツアーに同行できない。ただ以前とは違って、神経をすり減らしながらツアーを戦い、勝負の世界で生き抜くことが、どれだけ大変かということを知った。

 4月末、食卓にはきれいに盛りつけられたサワラの塩焼きやマグロの山かけ、千葉県産の野菜を使った料理が並んだ。愛さんはいつものように携帯で撮影し、SNSにアップ。自分と同じようにアスリートの食を支える立場の人の参考になれば、という思いもある。

 思いを込めて夫に食事を作る愛さんは言う。「日々を健康的に過ごして、練習の質が良くなれば、それが勝利につながる。36歳で迎えるはずだった東京大会を目指す、と聞いた時は驚いたけど、今は納得するところまで競技を続けて欲しいと思っています」(榊原一生)