人生変えた長野五輪 教師になった女性が五輪に思うこと

有料会員記事

河崎優子
[PR]

 「世界の人たちがこの夏、楽しみにしていることは何かな?」

 長野県上田市の市立丸子中央小で13日、岩本英美里教諭(28)が5年生の児童30人に問いかけた。最初に「コロナがなくなること」。次に「オリンピック」という言葉が返って来た。

 岩本教諭は、東京五輪パラリンピックの準備が、国連のSDGs(持続可能な開発目標)に沿って進められていることを伝え、子どもたちに自分ができる行動を考えさせた。「エコバッグを使う」「余計なものを買ってもらわない」。様々なアイデアが出た。

 教師になって7年目。「世界をよりよくするために行動できる子を育てたい」と国際理解教育に力を入れる。その原点は、1998年の長野冬季五輪・パラの経験にある。

 当時は5歳だった。長野市の自宅から徒歩20分ほどの選手村で、選手らに折り紙で作ったおひな様をプレゼントすると、お返しにキーホルダーやピンバッジをもらった。小学校に入ってからも、市内の小中学校ごとに国や地域の文化を学ぶ「一校一国運動」が続き、五輪が終わっても岩本教諭が通った小学校はボスニア・ヘルツェゴビナと交流を続けた。6年時、先生らと現地を訪ねる機会が巡ってきた。

 内戦が終わって間もないボスニア。街の新しいビルや子どもたちのはつらつとした笑顔に、復興に向けて歩み出している空気を感じた。一方で、戦争の爪痕が街の至る所に残っていた。

サッカー場一面に広がる墓

 首都サラエボには、1984…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。