茨城のUFO伝説、うつろ舟は「実態のあるミステリー」

編集委員・小泉信一
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 空を見上げるのが好きで、子どものころから「あっ、空飛ぶ円盤!」と叫んでいた。英語なら「Unidentified Flying Object」。頭文字を並べ「UFO」。未確認飛行物体である。

 民俗や歴史、文学、芸能、音楽、怪異伝承を専門とする編集委員になって10年。専門書も数々出版し、全国のミステリアスな土地を訪ねてきた。だが鹿島灘の南方にあたる茨城県神栖(かみす)市波崎(はさき)の舎利浜(しゃりはま)ほど魅力的な場所はない。

 4年ぶりに訪ねた。雲が垂れ込め、雨が降ってきた。人影も少なく、ザザーッと寄せては返す波の音しか聞こえない。

 木材、空き缶、空き瓶……。いろいろなものが流れ着いている。

 それにしても、あのとき一体何があったのか。

当時のことを記した文書は15編

 江戸後期の1803年に起きたとされる「常陸(ひたち)国うつろ舟奇談」である。上部にガラスのような窓がある「円盤」のような乗り物が、舎利浜に漂着したといわれる伝承だ。中からは、不思議な服装をした女性1人が箱を抱え、現れたという。

 民俗学者柳田国男も注目した言い伝え。「うつろ」を「虚ろ」と書くとムードが出る。作家の渋澤龍彦も「うつろ舟」を題材にした小説を書いた。これを実証的に調べ、英語版による研究書を一昨年に出したのが、岐阜大名誉教授で光情報工学が専門の田中嘉津夫さん(73)である。「あのような奇妙な物体を江戸時代の人たちが空想だけで描いたとはとうてい思えない。世界中の人々の好奇心を刺激する話ではないか」

 バリバリの理系の学者が、なぜミステリアスな話を研究しているのか? 昨年2月、私は田中さんに会い、質問した。すると、こんな答えが返ってきた。

 「日本各地に残る不思議な言い伝えの多くが、作り話やでっち上げだったりする。いわば『実態のないミステリー』。でも茨城の奇談は信用に値する文献が多く残っており、『実態のあるミステリー』なんです」

 当時のことを記した文書はこれまでに15編見つかっているという。その一つが、愛知県西尾市岩瀬文庫に所蔵されている「漂流記集」(江戸後期)。以前閲覧したが、ベーゴマのような形の色鮮やかな乗り物が描かれていた。高さ約3・3メートル、幅約5・4メートルあったそうである。

 「漂流記集」とは、日本に漂着した異国船や国外へ漂流した日本人の記事を集めた記録集。乗り物から現れた女性についても詳細に書き残されていた。年齢18~20歳ほど。顔は青白く、眉毛や髪は赤かったそうだ。学芸員は「異国人説」を唱える。

 「当時の日本はまだ鎖国をしていた。なので、漂着した外国人は異界からの使者のように思えたのではないか」

 茨城には、海の向こうから養蚕をもたらしたという女神伝説もあり、鹿島灘に近い星福寺(しょうふくじ)には像もまつられている。はるか昔から、いろいろな人がやってきた土地なのだろう。

 日本版UFO伝説とも言われる「常陸国うつろ舟奇談」。異国人なら幕府が大騒ぎをするはずだが、記録は残していないという。幕府が沈黙したのはなぜか。そもそも何が起きたのか。疑問は振り出しに戻る。

 だが、謎は謎のまま残しておきたい。1955年に結成された「日本空飛ぶ円盤研究会」のメンバーだった作家・三島由紀夫の言葉が脳裏に浮かぶ。

 「空飛ぶ円盤の実在か否かのむずかしい議論よりも、現代生活の一つの詩として理解します」。未知なるものへのロマンが、世俗にそまった私たちの心を洗ってくれる。(編集委員・小泉信一