幻のロケット戦闘機「秋水」 実験場など写真9点を発見

羽場正浩
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 太平洋戦争末期、長野県松本市の松商学園高校(当時は「明道工業学校」)で旧陸軍が噴射実験をしたロケット戦闘機「秋水(しゅうすい)」にかかわる写真が見つかった。秋水の資料は敗戦でほとんど焼却され、松本実験場の様子を伝える直接的な記録もなかった。確認された写真は、実験場の建物やロケットエンジン、開発に携わった人の集合写真など9点。研究者は「これまで非公開だった資料であり、歴史的な発見」としている。

 秋水は米軍のB29爆撃機を迎撃するため、1944年8月から開発が進められた。独軍のロケット戦闘機メッサーシュミットの資料をもとに、機体を海軍、ロケットエンジンを陸軍が担当して開発を進めた。

 実際の設計や試作は名古屋の三菱重工などが担ったが、秋水のロケットエンジン開発は空襲の激化とともに45年3月、松本市の実験場に「疎開」していた。

 今回見つかった写真は、実験要員だった技術将校の故平田啓助氏が所持し、神奈川県横須賀市の遺族が引き継いでいた。鑑定した秋水研究者の柴田一哉さん(59)=東京都=によると、屋根のある実験場の内部や、現存する松商学園の講堂前で技術将校や下士官、動員学徒、臨時採用の女性ら200人以上が並んだ写真など、これまで公表されていないものばかり。いずれも無条件降伏直後の日付が記載されている。

 松本城の天守を背に、技術将校10人が軍刀を手にした写真は、昭和20年9月4日の日付がある。柴田さんは「8月15日の降伏からしばらく日がたっているが、松本ではまだ武装解除が行われていないことが確認できる」という。

 松商学園のグラウンドには、秋水の地下燃料貯蔵庫が今も残る。「これまで関係者の回想はあったが、松本実験場に関する具体的な資料は一切なかった。多種多様な200人以上が写った集合写真も、驚きだ。存命な方や実験場のことを聞いたご遺族がいれば、お話をうかがってみたい」と柴田さんは話している。(羽場正浩)

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 秋水 米軍のB29爆撃機に対抗する新兵器として、独軍のメッサーシュミットMe163Bの資料をもとに開発を進めたロケット戦闘機。高度1万メートルまで3分半で上昇(最高時速900キロ)し、日本軍にとって本土防衛の切り札だった。1945年7月に試験飛行が行われたが失敗、未完成のまま終戦を迎えた。