八ケ岳の農業実践大学校が窮地 俳優の滝田栄さんら奔走

依光隆明
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 長野県の原村と茅野市にまたがる八ケ岳中央農業実践大学校の窮地が続いている。経営難が深刻化し、運営する公益財団の強制解散すら現実味を帯びているからだ。半面、そのロケーションは大きな可能性を秘める。八ケ岳山麓(さんろく)、標高1300メートルに広がる270ヘクタール。「この環境をそのまま残したい」と自然を愛し、学校を愛する人たちが動き始めている。(依光隆明)

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 経営悪化の直接のきっかけは補助金の削減だった。

 同校は、東京の公益財団法人・農村更生協会(会長=高木賢・元食糧庁長官)が運営している。協会設立は東北地方が大凶作に見舞われた1934(昭和9)年。文字通り農村をよみがえらせるのが目的だった。八ケ岳山麓に中央修練農場を造ったのは4年後。戦後、校名を変えて今に至っている。

 戦前から国との結びつきが強く、時の国策に沿った農業指導者の育成を図ってきた。傍ら役員や校長として農林水産省出身者を受け入れ、併せて国からの補助金も受けた。しかし、同様の大学校は各道府県にもある。農家が減る中で、「家族農業の後継者育成」を掲げる同校への補助金は削減に次ぐ削減となった。

 経営難打開のために協会が昨秋決めたのが、全国最大級の大規模酪農施設(メガファーム)誘致だった。しかし、環境の悪化を懸念する声や「家族農業とメガファームは相いれない」という反対意見によって頓挫。東京の事務所でかじ取りを続ける高木会長は「ウルトラCだと思って(メガファームを)誘致しようと思ったが、それが消えたので……。率直に言って(経営は)大変だ」と明かす。

 2019年度末の協会の正味財産は1億7173万円で、前年度末から7179万円の減。20年度はコロナ禍の影響もあって経営内容はさらに厳しいとみられる。公益財団法人は、2年連続して正味財産が300万円を下回ると強制解散となる。このままでは今年度末にも現実化しかねず、協会は東京事務所の常勤職員をゼロにして経費節減に努めている。

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 「すごい原野。これ、時代劇のロケにでも使えるんじゃない?」

 4月初旬、八ケ岳中央農業実践大の環境を残そうと活動する「八ケ岳の美しい環境を継承する会」のメンバーが学校敷地の一部を見て回った。

 驚きの声が漏れたのは、八ケ岳に最も近い辺り。数十ヘクタールはあろうかという原野が広がっていた。

 「うん、ここなら馬だって走らせることができる」と答えたのは俳優の滝田栄さん(70)。実は、「継承する会」の代表は滝田さんが務めている。

 千葉県出身で、NHK大河ドラマ徳川家康」(1983年)で主役を担ったほか、舞台や映画で活躍。20年にわたりテレビ朝日系で放映された「料理バンザイ!」では司会も務めた。

 八ケ岳との関わりは中学生のときの夏キャンプ。岩肌の斜面に水ゴケが張り付き、水が噴き出す光景を見た。美しい、と言葉にならないほどの感動を受ける。高校で山岳部に入り、晩冬の八ケ岳に。雪と氷の世界を歩き、静けさと荘厳さに心が震えた。結婚式を挙げたのは諏訪市の諏訪大社。八ケ岳への思いは高じ、約40年前から原村の八ケ岳山麓に居を構えている。

 学校一帯を「世界一美しい土地」と表現し、「そのシンボルとして環境を維持したい」と話す。「今はきれいな水と空気、大地が求められています。それを壊しちゃだめです」。メガファーム計画にもいち早く反応、環境問題に加えて「家族農業を教える学校がなぜメガファームを誘致?」と訴えた。計画が頓挫したあとは一帯の環境を守るために走り回っている。

 「経済的支援を求めて個人にも企業オーナーにも、国にも県にも掛け合いました。こんなに動いたことはないくらい動いた」

 訴えるのは、ここにきれいな空気と水があること。経済第一主義の人たちがこの土地を入手したらそれが壊されること。環境を守るためにスポンサーを探していること。「自分のためなら動きませんよ」と笑いながら、「千年先までこの価値を守りたい」。

 ただし、環境を残すことと今のままの学校を残すことは違うと思っている。学校のありようを見続けてきて思うのは、「国の出先という意識があるのではないか」という懸念。「だから農水省の方針に沿って大規模農業や肥料・農薬をたくさん使う農業をしようとする」と話す。「学校の使命はもう終わっているのかな、とも思います」。メンバーの中からは「自然農や有機農業を教えた方がニーズに合っているのでは」などの声も出ている。

 八ケ岳を望む原野の中を歩きながら、メンバーの一人は「ここなら野外コンサートだってできるね」。滝田さんは言う。

 「寒くて野菜は育たないんですが、たとえば高山植物ならいくらでもできる。世界一の高山植物公園だってできる。夢と希望を持ってやれば世界中からお客さんが来ると思います」

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八ケ岳中央農業実践大学校〉戦前は満蒙開拓移民の指導者養成も担った。全寮制で、現在の学生数は、2年制の専修科に各学年13人ずつ、1年制の研究科に1人。広大なキャンパスで畑作や酪農、花卉(かき)栽培などを行っている。