第2回支配者のゴミ、やがて芸術に 廃瓶からの誕生にこだわり

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光墨祥吾
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 支配者が出したゴミの中に、日常を生きぬくヒントがあった。それはやがて、芸術の域に達した。

 見慣れない品々が、その資料館には展示されている。缶詰の空き缶を使った三線(さんしん)、軍用機の資材を溶かしてつくったヤカン、弾薬箱の衣装ケース――。

 沖縄本島中部、東京ドーム約420個分の広さがある米軍嘉手納基地のゲート前。沖縄市戦後文化資料展示館「ヒストリート」に並ぶのは、芸術家の作品ではなく、地域で暮らす人たちが生み出した日用品の数々だ。

 地上戦で荒廃し、そのまま27年にわたって米軍統治下に置かれた沖縄では、物資が乏しいなか、米軍の武器が生活道具に変わり、ゴミが楽器になった。例えば、コーラの空き瓶は真っ二つにして、上の部分は風鈴に、下はコップになってお茶や泡盛が注がれた。

 作り方を覚えている人がいた。本土復帰前、沖縄コカ・コーラで勤務した赤嶺美恵子さん(81)=那覇市=は「そのコップ、どこの家にもありましたよ」と言う。

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だれもが知る沖縄生まれの名産の品々には、波瀾(はらん)万丈な物語がありました。沖縄が日本に復帰して2022年5月で半世紀。現場を歩き、さまざまな表情を見せる素顔に迫ります。

 作り方も簡単です。瓶の胴部に縄を巻く。強くこすると、摩擦熱が起きるので、そのまま冷水につけると、ポキッ。コップに変身するんです。赤嶺さんは「県民の知恵と工夫が詰まった生活。貧しくも、たくましかった」と懐かしむ。

多くの人を魅了してきた琉球ガラス

 廃品が生まれ変わったものの一つに、琉球ガラスがある。

 「宙吹(ちゅうぶき)ガラス…

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