「息子に夢は託さない」父の信念、共感していた井上尚弥

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塩谷耕吾
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親の役割って?

子どものスポーツの現状を掘り下げる連載「子どもとスポーツ」の第3シリーズ。今回は親の関わり方について、現場のルポやインタビューなどを通じて考えていきます。

 親子鷹(だか)の解消を意識したのは、それが2度目だったという。

 2016年9月、神奈川・スカイアリーナ座間で行われたプロボクシングの世界ボクシング機構(WBO)スーパーフライ級タイトル戦。セコンドにいた井上真吾さん(49)は、長男で王者の井上尚弥(28)=大橋=がタイ人の挑戦者に10回KO勝ちした直後、何も言わずにリングを離れ、会場を後にした。

 「練習してきたことと、反対のことをしていた。相手を格下だと、なめて戦っているように見えた」

 戦いぶりに失望した。そして、覚悟した。

 「自分とボクシングへの考え方が違うのなら、教えることは無理。意味がない」

 真吾さんの信念だ。

「打たせずに打つ」

 強打の3階級王者として「モンスター」の異名を世界にとどろかせる兄・尚弥と、世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級の元暫定王者である弟・拓真。

 2人の息子をともに世界王者に育て上げたのは、父の真吾さんだ。

 塗装会社を経営する傍ら、真吾さん自身、20代でボクシングを始めた。プロの経験はない。ただ、尚弥が6歳の頃に「ボクシングを教えて」とねだり、そこに拓真が加わり、親子はずっと並走してきた。

 教えはシンプルだ。理想のスタイルは「打たせずに打つ」。ステップワーク、技術、多彩なパンチを駆使して相手を崩して、最後に仕留める。力任せのボクシングはしない。そのために「できるまでやらせる、の繰り返し。そこは妥協しない。自分はしつこい。(中途半端に)流すことはできない」。

「共感して、同じモノを見る」

 小学生時代の尚弥、拓真に最初に教えたのはステップワーク。それができるようになると、次はジャブ。その次はストレート。そして、ワンツー――。

 なぜ、その練習が必要なのか、伝わるまで口で説明する。「完全に納得してやるからこそ、その練習が身になる」

 「共感して、同じモノを見ていること」が前提だ。井上家の面々は、ともに生活する中で、性格も考え方も似ていったという。

 プロ入りのタイミング、対戦相手の選択、戦い方のポイント。親子で話すと「あ、そうだね」と考えがシンクロしていることばかり。指導する上で親子関係であるメリットはそこにあると、真吾さんは考える。

 「日頃からケンカばかりしている親子がボクシングをやったからといって、うまくはいかない。うちは普段から親子で分かり合えているから、ボクシングに対する考え方も似る」

 冒頭の試合の場面、真吾さんは尚弥の戦いぶりから、その共感が失われてしまったと感じた。

 だから、コンビ解消を覚悟した。

 その後、尚弥との話し合いで、完治したはずの腰痛が再発して思うような動きができていなかったことが分かった。心配をかけまいと尚弥は言い出せなかったというが、「何かあったら言わないとダメだね」と2人は確認し、わだかまりはなくなったという。

「一緒に落ち、一緒にはいつくばる」

 親子鷹の解消を覚悟した「1度目」は、尚弥がプロ入りして大橋ジムに入門する時だったという。

 ジムに専属のトレーナーもいる中、自分も含めた複数の指導者の声で尚弥が迷うことを恐れ、身を引こうと考えた。自分がプロの世界を知らないことも理由だった。

 だが、「一緒にやらないと意味がない」と尚弥に言われ、考えを翻した。「うれしかったし、世界チャンピオンにしなければ、と腹をくくった」

 元々、選手として始めたボクシング。その道に子どもがたちが入ってきたことは、うれしかったし、驚いた。「中途半端にやったら、いつでもやめさせるぞ」と話していた。尚弥が中学生の頃までは自分のトレーニングの方に重きを置いていた。「オレは尚弥や拓真の拳に自分の夢を乗せていない。オレにはオレの仕事がある」という思いがある。

 現在、塗装業や不動産業など二つの会社を経営し、10棟の物件を所有する実業家。「自分は(両親が離婚して)父親がいない。高校にも行っていない。それでも頑張ればこれだけのものを残せるんだ、という足跡を残したい」。ビジネスへのこだわりも強い。

 それだけに、息子たちがアマチュアだった時代、試合会場で見た光景には違和感を覚えることが多かったという。

 試合で敗れた小学生を、親とおぼしき大人がタオルでピシャピシャたたく。

 「自分の夢を子どもに乗せちゃっているように見える。そんな光景が多くあった。本当に嫌だった」

 ジムの大橋秀行会長は言う。「真吾は子どもを崖から落とせる父親だから……」。その指導は厳しく、時に口調も激しい。だが、指導で手を上げたことは一度もない。合宿に行けば、尚弥や拓真と一緒にランニング、階段ダッシュをこなす。子が減量期に入れば、自分も食が進まなくなり、同じ減量食を食べてきた。

 「一緒に崖から落ちて、一緒にはいつくばって、体をすりむきながら上がる。そういう風に子どもを強くすることはできる。自分が子どもを支えて上がっても、意味はない」

 我が子にスポーツを指導する親へ、メッセージがある。

 「逆の立場になった時、その…

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