第5回米の被爆者生んだ「死の1マイル」 人体実験された一帯

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米ワシントン州ハンフォード=渡辺丘
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米国核戦力 現場から⑤
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連載「米国核戦力 現場から」

米国の核戦力の現状を、最前線の取材で伝える連載です。5回目は、米西海岸にある「死の1マイル」と呼ばれる一帯を記者が訪れます。核施設が25キロ離れた場所にあった農業地帯で何があったのか。住民の証言などから探ります。

 米西海岸ワシントン州東部の農業地帯に「死の1マイル」と呼ばれる一帯がある。

 この一帯から風上に約25キロ離れた場所に「ハンフォード核施設」があった。76年前、長崎に投下された原子爆弾プルトニウムがここでつくられた。終戦後も、ソ連との核開発競争の拠点として、長崎原爆約7千発分の兵器用プルトニウムが製造された。米国の核戦力の原点とも言える場所だ。冷戦末期の1987年に操業を停止したが、原子炉は今もある。

 私が訪れた今年2月、一帯の大平原は一面、雪に覆われ、人の姿はなく、静寂に包まれていた。近くに住む農家のトム・ベイリーさん(74)が車の助手席に乗って、案内してくれた。

 ベイリーさんは数百メートルおきに点在する家々を次々と指さしては、こう言った。

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米ワシントン州ハンフォード近郊の「死の1マイル」と呼ばれる一帯を案内する農家のトム・ベイリーさん=2021年2月20日、渡辺丘撮影

 「この家の家族は全員、がんで亡くなった」「あの家も両親ががんで亡くなり、娘さんたちは全員、甲状腺の治療を受けている」「向こうの家の奥さんは奇形児を産んだ後、赤ちゃんを溺死(できし)させ、自殺してしまった」

 ベイリーさんらが1986年、一帯に住む27世帯を調べると、うち25世帯が家族の誰かががんを患うなど健康異常を抱えていたことがわかった。「今では全27家族だ」と言う。

 核施設から約3キロにあった家で生まれ育ったベイリーさんも子どもの頃から病気がちで、肺機能など様々な病気を抱えていた。18歳のときには無精子症だとわかった。父親とそのきょうだい3人、祖父母もがんで死亡した。

 ベイリーさんは自宅で手を震わせながら、こう訴えた。

 「私は農家としてトウモロコシを栽培し、牛や豚、鶏を飼い、『生』を育む仕事をしてきた。でも、それらも実際には放射能で汚染されていた。世界はどうして核兵器なんてものをつくったのか」

記事後半では、ハンフォード核施設での放射性物質の放出が明るみに出た経緯や、近隣住民が抱える葛藤について記者が取材した内容を伝えています。

放射性物質を故意に放出していた

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