国の補償「もっと早く」 石綿訴訟原告らの嘆きと期待

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阿部峻介、布田一樹、森下裕介、大野晴香
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 建設現場のアスベスト被害をめぐる集団訴訟で、国と一部メーカーの賠償責任を認めた最高裁判決から一夜明けた18日、国が和解の基準に合意した。最初の集団提訴から、13年に及ぶ法廷闘争の末の被害補償。各地の原告らは「もう少し早ければ……」と嘆く一方、すべての被害者の救済に期待を寄せた。

無念晴らすまで死ねない

 この日午前、首相官邸。テーブルの向こうで菅義偉首相が謝罪の言葉を述べ頭を下げる姿を、原告の大坂春子さん(77)は一礼して受け止めた。

 夫と長男と3人で、大工として数十軒の住宅を建ててきた。現場で舞った石綿は家族をむしばみ、夫・金雄(かねお)さんは2003年に中皮腫で逝った。65歳だった。石綿の恐ろしさを訴え、08年に東京地裁に提訴した。全国初の集団訴訟だった。

 裁判のさなか、長男の誠さんも中皮腫を発症し、14年に46歳の若さで亡くなった。同じように働いていた自分にも病が忍び寄っているのかもしれない。「2人の無念を晴らすまでは、アスベストでは死ねない」と気持ちを奮い立たせながら闘ってきた。

 全国で33件の訴訟を起こした原告は約1200人。約700人の作業員がすでに亡くなった。大坂さんは「裁判を始めたとき私は65歳。いまは77歳です」。13年という時間の重みと全面解決を菅首相に訴えた。

 「もう少し早く解決してもら…

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