食堂の前衛的音楽、楽器になぜ香川の石 64年東京五輪

木下広大
【動画】1964年東京オリンピック選手村で流されたサヌカイトの音色とは
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 1964年、東京・代々木。五輪の選手村食堂に、一風変わった音楽が流れていた。「カン」「カーン」「カーン」。石器を思わせる武骨な乾いた音、長く引き延ばされた涼しげな音が約30分間、繰り返し響く。

 曲の題名は「食事のための音楽」。香川が主な産地の黒い石「サヌカイト」で演奏されている。食堂の前庭でも同じサヌカイトを使った楽曲「憩いのための音楽」がかかっていた。

 サヌカイトは割ると鋭利な刃ができ、旧石器時代から刃物の素材として活用された。たたくと澄んだ余韻が伸びることから、地元では「カンカン石」と呼ばれて親しまれている。

 世界のアスリートが集う祭典で、なぜ、香川の石を使った前衛的な音楽が流されたのか。その謎を解く鍵が、高松市中心部の老舗喫茶店にあった。

 美術館やギャラリーが立ち並ぶ通りの一角、コンクリート造りの建物が目を引く。喫茶「城の眼」。1962年に開店し、彫刻家のイサム・ノグチや音楽家の武満徹ら著名な文化人が集った。

 もともとは建築家の前川國男や彫刻家の流政之らが作品の打ち合わせに利用していた場所を、喫茶店に改修した。構想していたのは64年のニューヨーク世界博覧会の日本館の外壁となる巨大な石壁。その試作品を造ってここに置き、仕上がりを確かめた。喫茶店の設計は建築家の山本忠司が担当し、内装の石壁は流がデザインした。

 選手村の2曲を作った秋山邦晴(くにはる、1929~96)も改修に携わった。サヌカイトの音色に魅せられ、3トンの巨大な石のスピーカーの制作を監修。「喫茶店のための音楽」というサヌカイトを打ち鳴らした曲を作り、店内に流した。

 曲のマスターテープには「1963.3.6完成」と記され、選手村の曲の先駆けになったと考えられている。当時から店を切り盛りする馬場順子さんは「世界中の人に聞かせるわけだから、神秘的な音のするサヌカイトしかないと、秋山さんは思ったんでしょうね」と語る。選手村の食堂には城の眼からスピーカーも運ばれた。

 「五輪」でのサヌカイト楽曲の採用について、音楽評論家の川崎弘二さん(51)=京都市=は「選手村の食堂を設計した菊竹清訓は、城の眼の石壁を造った流政之と一緒に仕事をしたことがある。流から城の眼の曲の存在を知り、秋山に作曲を依頼したとしてもおかしくない」と推測する。

 秋山は自著で、選手村で流したような曲を「デザインする音楽」と称す。日本庭園のししおどしのように、生活空間を演出する音楽を石の音色に求めていたという。

 川崎さんは「どこへ行っても通俗的な曲が流れている現代で、秋山は音楽を通して環境を整えようとしてきた」と語る。「食事の手をとめるような音ではいけない。だけど無音じゃない。そんな音を求めてるときに秋山はサヌカイトと出会った。石に秘められた音を引き出し、現実にインストールするという、先駆的で面白い試みでした」

 選手村で流された2曲は数年前に音源が発見され、市販のCDに収録されている。スピーカーは城の眼に戻り、今も現役。時折流されるサヌカイトの音色が、人々の心を癒やしている。(木下広大)