戦死の元医局員は「遺影で顔を知る父」 記事読み名乗り

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鈴木裕
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 ひとり息子の顔を見ることなく太平洋戦争末期のサイパン島で戦死した医師の遺品に関する情報が、77年を経て、遺児の中村隆男さん(77)=名古屋市昭和区=に届いた。米兵が持ち帰った日章旗に書かれた「贈 中村英二君」「名古屋醫科(いか)大學耳鼻咽喉(いんこう)科教室」の縁から、名古屋大学大学院耳鼻咽喉科の曾根三千彦教授らが遺族を捜している、と報じた新聞記事がきっかけになった。

 「これ、中村さんじゃないの?」。4月22日朝、隆男さんの自宅に電話が相次いだ。この日、朝日新聞地域面に載った「名大医局員の日章旗 たどる 元米兵親族保管 サイパンで戦死・中村さんと判明」の記事を見た知人からだった。記事は、遺族につながる唯一の手がかりとして、1955年当時の写真に写る少年「中村隆男」さんを曾根教授らが捜していることを紹介していた。

 すぐに曾根教授に連絡を取り、その日の午後、耳鼻咽喉科教室で会うことができた。「4月22日は、86年に亡くなった母の35回目の命日。その朝に記事が出たことに、不思議な縁を感じる」と隆男さんは話す。

 遺族が判明したという知らせは、日章旗を米国で保管しているアダム・タウンリーさんにも、その日のうちに伝えられた。タウンリーさんは「アメージング(すばらしい驚きだ)」と喜んだという。

 英二さんが軍医として出征し…

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