中学時代は補欠でも…めざせ球速140㌔ 公立校の挑戦

山口裕起
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スポーツ好奇心

 豪速球を投げてみたい―。

 野球のボールを握ったことがある人なら、一度は抱く思いだろう。そんな夢をかなえるため、“ごく普通の高校”の野球部が動き出した。気になる「140キロプロジェクト」の中身に迫る。

 大阪市の北東部、旭区にある今年で創立70年を迎えた府立の旭高。5月中旬、コロナ禍による緊急事態宣言中のため練習は禁止されていたが、就任3年目の小林豊監督(28)に校庭にあるグラウンドを案内してもらった。

 校舎のすぐ裏にバックネットがあり、左翼付近はサッカー部など他部との共用で右翼までは60メートルほどの広さ。よくある公立校の練習環境だと感じたが、もう一歩前に進むと目を疑った。

 マウンドがなかった。投手はそのまま平地から投げることもあれば、ロイター板を2枚重ねて、その上から投球練習をするという。「あんまりですよね。公立校の中でも環境は厳しい方です。狭くて危ないのでバットも低反発のものを使っています」。小林監督は苦笑する。

 チームが春夏の甲子園に出場したことはない。夏の選手権大会は2007年の大阪大会で準々決勝に進出したのを最後に、ここ十数年は1回戦か2回戦で敗れている(08、18年は北大阪大会)。

 そんな、決して強くない公立校が「140キロプロジェクト」を立ち上げたのは、昨秋のことだった。

 小林監督は言う。「たまたま勝った、負けたでは先がない。学校の指導方針は『旭で伸ばす』。公立校で球速140キロは、生徒の成長につながると思ったんです」。小林監督は練習方法を学びに他校へ見学に行ったり、スポーツトレーナーの講演を聴きに行ったり。ツイッターなどのSNSも駆使して人脈を広げた。今では月に1回、専門のトレーナーに指導に来てもらっている。

 冬場は、トレーナーから学んだ「140キロを投げるための指標」に基づいた練習を繰り返した。柔軟性、瞬発力、筋力などが必要だとわかれば、部費を取り崩して、ベンチプレスなどトレーニング用の器具を少しずつ買いそろえた。

 今年2月には約20万円する最新のスピードガンも購入。2週間に1度、測定会を開き、選手のデータを用具入れ倉庫の入り口に貼り出す。球速を求めることが打撃でのスイングスピードの向上にもつながり、部員31人で高め合っている。

 主将でエースの春尾諒(3年)は成長を実感する。昨年9月は時速115キロだった直球が、今年3月に計測すると132キロに。1年の冬に63キロだった体重も82キロにまで増え、柔軟性も増したことで下半身が安定したという。

 今春の府大会は1回戦で都島工に6―19と敗退したが、「三振も取れるようになった。制球は定まらなかったけど、いい感じ」。

 春尾は中学時代は補欠で、高校では「なんとなく」と野球を続けた。辞めようと思ったこともあったが、「140キロ」を目指すことがモチベーションにつながった。コロナ禍で全体練習ができなくても、家でのシャドーピッチングと筋トレは欠かさない。

 「弱小校だけど、自分の成長がわかって野球そのものが楽しくなった。ほら、どうですか?」

 Tシャツの腕をまくって、自慢の上腕二頭筋を見せてくれた。「140キロ出せるかなあ。あと8キロか」。そして、さすりながら言った。

 「もちろん甲子園には行きたいけど、それがすべてではない」。最後の夏、3年間の思いを込めて、左腕を振り下ろす。(山口裕起)