イメチェン依頼に「やります」即答 田村正和さんの信条

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聞き手 編集委員・後藤洋平
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 77歳で亡くなった田村正和さんは、1980年代半ばのTBSドラマ「うちの子にかぎって…」で、生徒とともに悩む教師を演じた。それまではクールな二枚目役が多かったが、以降は「パパはニュースキャスター」「パパとなっちゃん」など、人間らしさをにじませる役でテレビドラマに多くのヒット作をもたらした。

 田村さんの俳優としての後半生の方向性を定めることになる数々のドラマをともにしたTBSテレビ社長室顧問・プロデューサーの八木康夫さん(69)に話を聞くと、二重の「無理難題」を乗り越えて作品が実現したことや、田村さんがオファーを断らなかった理由について語り出した。

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「うちの子にかぎって…」の特番(1987年)の一場面=TBS提供

子役との演技に「いつか…」

 私が田村さんと初めて作品でご一緒したのは、1984年春の「くれない族の反乱」でした。といっても、このときは先輩のキャスティング。大原麗子さんと田村さんが演じる、不倫のラブストーリーでした。

 お二人のラブシーンは当然素敵なのですが、最終回でお互いの夫婦が離婚するため、田村さんが子どもと最後の1日を遊園地で過ごす場面がありました。これが切なくて、私はモニター越しに涙を流しました。その時です。「いつか田村さんと子どものドラマがやれたらいいな」と思ったのは。

 しばらくして、あるドラマの視聴率がふるわず、予定より短い期間で放送が終わることになり、編成部から「急きょ次の番組を考えてくれ」と言われました。いわば「つなぎ」。通常より短い回数の連続ものです。

二重の「無理難題」

 そこで田村さんを小学校の教…

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