代々木競技場、世界遺産の夢 重文指定「ひと山越えた」

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編集委員・大西若人
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 国の重要文化財になることが決まった国立代々木競技場東京都渋谷区)は、1964年の東京五輪のために造られた大小二つの体育館で、戦後建築のチャンピオン・丹下健三(1913~2005)が設計した。建築界を中心に競技場を世界文化遺産にしようという動きがある。可能性は高いのか。

 戦後建築の金字塔――。重文指定に関する文化庁の発表資料では官庁の文書とは思えない強い表現が使われている。しかしそれは大げさでも何でもなく、戦後日本の建築の、傑作中の傑作といえる。

 代々木公園明治神宮の森に隣接し、大寺院を思わせる大屋根とうねるような曲線を描く本体部分。第一体育館のダイナミックな外観の内側には、崇高かつ包み込むような空間が広がる。大屋根は約130メートル離れた高さ約40メートルの巨大な柱の間に張られたワイヤによる吊(つ)り構造。当時は前例のない技法・構法とされ、当初はプールだった。小さい方の第二体育館は、1本の柱から屋根が吊られている。

 指定されれば重要文化財としては最も新しく、今回の五輪では、第一体育館がハンドボールなどに使われる予定だ。

 2016年には、建築家や文化人によって競技場を世界遺産にしようという任意団体が誕生。昨年11月には一般社団法人の「国立代々木競技場世界遺産登録推進協議会」が設立された。

 重要文化財に指定されることは、世界遺産の候補となるための前提とされ、代表理事を務める建築家の隈研吾・東京大特別教授は、「第一ステップなので、ひと山越えた」と話す。

 自身を建築の道に導いた競技場については、「第2次世界大戦で西洋に敗れた日本が、西洋の技術を学びつつ、日本文化につないで東洋と西洋を和解させた。高度成長の時代精神をあれほど見事に建築化した例はない。縦割りになりがちな近代技術の世界で、土木の吊り橋に使われる構造を建築に用いて横串にしたという点でも、他のモダニズム建築にはない達成がある」と評価する。

 建築家の安藤忠雄さんも「多くの日本人に生きる誇りと喜びを与えた。世界遺産の価値は十分にあると思う」と語る。

 では、世界遺産という夢は実現するのだろうか。

 世界遺産の現代建築としては…

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