イスラエルとパレスチナ、衝突の歴史 続く土地巡る争い

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エルサレム=高野遼
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 イスラエルパレスチナ自治区ガザ地区の武装勢力の間で停戦が成立した。そもそもイスラエルパレスチナはなぜ対立するのか。

 パレスチナ問題というと、ユダヤ教とイスラム教の「宗教戦争」のようなイメージを持つ人が多いかもしれない。だが、「土地」をめぐる争いが主な論点だと理解することが必要だ。

 パレスチナ問題の始まりは、100年以上前にさかのぼる。19世紀、オスマン帝国が支配したこの地域には多くのアラブ人が住んでいた。そこに、欧州などからユダヤ人がやってきたことが始まりだ。

 ユダヤ人にとって、パレスチナは神から与えられた特別な場所。2千年前にはユダヤの王国があり、戦いに敗れたユダヤ人は各地に離散したとされている。

 欧州などで迫害を受けたユダヤ人の中から、19世紀になって「ユダヤ人の国をつくろう」という動きが生まれてくる。これが「シオニズム」と呼ばれる運動だ。国家建設の場所には、かつての「故郷」であるパレスチナが選ばれた。

 シオニズムに賛同し、パレスチナへと移住するユダヤ人は20世紀にかけて増え続けた。当然、元から住んでいたアラブ人からは反発が起きる。英国がアラブ人とユダヤ人の双方と相反する約束を結んだ「三枚舌外交」も混乱を呼び、「アラブ対ユダヤ」という現在に続く対立構図が始まった。

 1947年には、国連がパレスチナの地をアラブ人国家とユダヤ人国家に分ける「分割決議案」を採択。翌48年にイスラエルが建国され、反発したアラブ諸国との間で第1次中東戦争が起きた。

 67年の第3次中東戦争ではイスラエルが勝利。それ以降は、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸や東エルサレムなどをイスラエルが占領下に置く状態が続いている。

 93年のオスロ合意で「パレスチナ自治政府」が誕生し、イスラエルパレスチナの2国家が共存するかたちを目指すことになった。しかし、その後の和平交渉はうまくいかず、いまもパレスチナ独立国家が樹立できる見通しは立っていない。

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