祖父の記憶と森羅万象 現代美術家林智子が織った「虹」

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 自然光頼みの薄暗がりに身を浸すうち、視覚に聴覚、嗅覚(きゅうかく)までが研ぎ澄まされていく。京都市北区上賀茂にある築100年ほどの日本家屋「瑞雲庵(ずいうんあん)」を舞台にした現代美術家・林智子の個展「虹の再織(さいしょく)」。作家の祖父の私的な物語を起点に、自然や歴史、科学や華厳思想といった複数のテーマが連関し、共鳴しあう。

 1910年生まれの林の祖父は、中学卒業後に京都帝国大学の研究機関で地震計測に携わり、後に石油探鉱の仕事で世界を飛び回った。瑞雲庵の母屋全体にかすかに響くのは、熊本・阿蘇の火山研究施設で祖父が記録した常時微動の波形から生成された電子音だ。3種類の音をあわせることで生じたうなりの中に時折、遠くの地震を感知したのか、声明のような抑揚が交じる。

 幼い林が毎週末、祖父と旧式の黒電話で話していた記憶に基づくインスタレーションでは、鑑賞者は黒電話の受話器に向かってもう会えない誰かに語りかけるよう促される。記録されたメッセージは電波に乗り、部屋の反対側にある鉱石ラジオを通じて、別の鑑賞者の耳に届く。

 林はしばしば、祖父がかつて暮らした上賀茂周辺の植物からも着想を得る。京都府立植物園の温室にある珍しいランの香りを、人為的に再現した作品もその一つ。長い口吻(こうふん)を持つ特定の種類のガにあわせて共進化を遂げた種で、鑑賞者はガよろしく、細長い筒状の器官の底にたまった蜜を嗅ぐことができる。枯れた後で芳香を放つフジバカマを使った別の作品は、薄い絹織物で四辺を囲まれた鏡が水面を思わせると同時に、絶滅の危機にある植物の棺(ひつぎ)にも見える。

 今展を構成する複数のモチーフは、最後のインスタレーション「虹の再織」で統合される。

 母屋に隣接する蔵の暗闇を、祖父が上賀茂で記録した波形による電子音と、上賀茂の環境音が満たす。空中には和鏡がつるされ、反射した光が薄絹の織り目を通ることで、虹の帯が生じる。それが鏡の回転に従いゆっくり伸び縮みする様は、上賀茂にある深泥池(みぞろがいけ)の竜神伝説に重なる。細分化され、分析され尽くした世界の諸要素を「一回、つなぎ合わせてみることで見えてくるものがあるのでは」と作家は問う。

 23、24、28~30日。ウェブサイト(https://www.tomokohayashi-reweavingtherainbow.com/別ウインドウで開きます)から要予約。