フリー、ボーダレスの音楽祭にかける 亀田誠治の信念

聞き手・吉田美智子
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 いきものがかりの「風が吹いている」の編曲など、数々のヒット曲に携わってきた音楽プロデューサー、亀田誠治さん(56)が実行委員長を務める「日比谷音楽祭」が29、30日に開催されます。自ら掲げた「親子孫三世代、入場無料、ボーダーレス」の三原則を実現するために、スーツ3着を新調し、資金集めの企業まわりもしました。紆余(うよ)曲折をへて2019年に実現するも、新型コロナウイルスの感染拡大で昨年は中止。今年は苦渋の選択で、無観客開催を決断しました。音楽祭にかける思い、音楽業界とコロナ禍について語ってもらいました。

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亀田誠治さん=日比谷音楽祭実行委員会提供

 50歳になってから、年に1度、長期休暇をとって米国に行きます。ロサンゼルスで現地のミュージシャンと曲づくりをしたり、ニューヨークでミュージカルを見たりして、現地の音楽文化にひたすら浸る。僕はニューヨーク生まれということもあって「原点がえり」がしたかったんです。

音楽の「孤聴化」 業界の状況に違和感

 ここ十数年、音楽の聴かれ方が変わってきた。僕は「孤聴化」と呼んでいます。僕が子どもの頃は街中、学校、家庭など社会の色んなところに音楽があふれ、家族で歌番組をみて「このアイドル、歌が下手よね」とちゃかし、お姉さんのバレエの発表会でチャイコフスキーの音楽の響きに感動することもありました。でも、いまはみんながイヤホンで音楽を聴いている。確かに色んな曲が選べて、すぐにアクセスできて、便利になってはいるけれども、外から音楽がふっと入ってくることが減り、身近な人や親子孫の3世代で楽しめる音楽とのふれあいの機会が少なくなっている。CDは売れなくなり、音楽業界は曲を聴いてもらうためにたくさんのおまけをつけて、コンサートグッズで稼がざるをえない。そんな様子に違和感を感じていました。

 ニューヨーク滞在中のある夕方、ホテルの向かいのセントラルパークから音楽がきこえてきた。行ってみると、70年代にヒットを飛ばしたソウルクイーンが歌い、老若男女の観客が踊っている。毎年夏に催されるイベント「サマーステージ」でした。デビュー前のロックバンド、キューバの民族音楽家、新進気鋭のバイオリニストからマライア・キャリーまで、世代を超えた有名無名のアーティストが日替わりで出演し、観客は入場無料、出入り自由で楽しめる。想像してみて下さい。赤ちゃんを連れた親子連れもいれば、ふらりと立ち寄ったジョギング中の若者、そして、おじいちゃん、おばあちゃんが入り交じって、拍手喝采する。しかも、寄付金と企業の協賛金で運営されている。「米国ではこれほど音楽が愛されている。これが文化なんだ」と感動しました。

老若男女が拍手喝采 フリーイベントを日本でも

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亀田誠治さん

 「いつか日本で」と思っていた時に、東京都から「日比谷公園全体を使った音楽イベントをプロデュースして欲しい」と声がかかった。日比谷公園は近くに映画館も劇場もあり、エンタメの中心地でもある。僕がニューヨークで見た景色が実現できると興奮した。ライブだけでなく、周辺施設も使って、親子で参加できるワークショップやトークショーも催し、2019年の1回目は10万人が集まった。

 でも、実は「まぼろし」の18年があったんです。構想を話すと、最初はみんな「いいですね」と言ってくれる。でも、たいていは「亀田さんなら有名アーティストを集めて、盛大な有料イベントを開催するんだろう」と考えていた。だけど、僕は有料とすることに、頑として首を縦に振らなかった。音楽業界だけの閉じられた世界ではなく、企業や一般の人たちにも賛同してもらって、新しいお金の循環を生んで、最高の音楽をだれもが享受できる場をつくりたかった。最後は根比べのようになって、出演者も決まっていたのに、広告会社がぎりぎりで降りて、中止になりました。まさに、四面楚歌でした。

企画書を手に200社以上訪問

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2019年の日比谷音楽祭=東京都千代田区の日比谷公園、実行委員会提供

 そこで、音楽監督を任された国立競技場最後の音楽イベントや野外音楽イベント「ap bank fes」を手伝ってくれた仲間たちと、無料の音楽祭を一からつくりあげることにした。自分たちで企画書をつくり、僕は就職活動をしたことがなかったので、生まれて初めてリクルートスーツを3着新調しました。それぞれの企業の特性にあわせた協賛メリットも考えて、200社以上をまわりました。自分の言葉で、熱量で、思いを伝えると、予想以上の反響があり、初回は40社ぐらいが協力してくれた。すごく良い手応えで、「ようやく空を飛べて、さらに上に」となった時に、まさかの新型コロナウイルスです。違う風が吹いてきて、まったく違う島にたどり着いてしまった感じですよね。

 すぐに立て直しに入りました。コロナ禍で仕事を失ったスタッフのためにクラウドファンディングを立ち上げ、20年は開催予定日にラジオとオンラインの配信を行いました。21年は強い決意で、有観客とオンラインの「ハイブリッド開催」の計画を立てた。夏以降、業界関係者の血のにじむような努力で、オンラインライブはめざましい技術革新を遂げています。一方で、安全なリアルライブの実現のために、科学的な根拠に基づく徹底した感染症対策を行って、ホールや劇場でクラスターを出さない成功例も積み重ねてきた。今年は、Mr.Childrenの桜井和寿さんら40組以上のアーティストが参加し、たくさんのワークショップやトークショーも開くことになっていた。自信を持って、万全の準備を進めてきたところで、今度は東京都緊急事態宣言の再延長です。

 3世代で安全に楽しめるボーダーレス、だれも排除しない音楽祭の原点に立ち返り、涙をのんで、全ステージを無観客で行うことに決めました。日比谷公園に予想外の人流ができることを防ごうと、オンライン用の音響装置を使うので、音楽堂からの音漏れもありません。この先、僕が思い描く音楽文化を伝える音楽祭を続けるためには、この方法がベストだと判断しました。

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2019年の日比谷音楽祭=東京都千代田区の日比谷公園、実行委員会提供

コロナで広がる不安や不寛容……心つなぎ直す

 新型コロナの感染拡大で、最初、音楽は「不要不急」、最近では「生活必需ではない」とも言われる。僕はエンタメや音楽は人の心を育てるものだと思う。新型コロナ感染防止にはソーシャルディスタンスが必要で、感染対策はもちろん重要だけど、同時に不安や不信感、不寛容といった「マインドディスタンス」が広がっていると感じます。みんな不確かな未来に心が揺らぐのは当然。その心をつなぐのが音楽やエンタメで、単純に他者と共感できたり、人の心をいやしたり、和らげたり、元気づけたりする力があるのはだれも否定できないはず。こんな状況だからこそ、音楽を届けたいという思いが日に日に強くなっています。

 いつかこのコロナ禍が少しずつ晴れた時、新しい文明開化が起きるんじゃないか。ペストの大流行の後に欧州で起きたルネサンスのように。あれも、科学と芸術が一つになって、新しい文化が花開いた。音楽祭はきっとその一つになると信じています。今年はおうち、でも来年こそ、会場で会いましょう。(聞き手・吉田美智子)

 かめだ・せいじ 1964年、ニューヨーク生まれ。平井堅の「瞳をとじて」やMISIAの「アイノカタチ」のほか、椎名林檎、JUJUら数多くのアーティストの作品をプロデュース。バンド「東京事変」のベーシストでもある。日本レコード大賞で編曲賞を2度受賞。NHK Eテレの「亀田音楽専門学校」などで次世代に音楽を伝えていく活動も。29・30日開催の日比谷音楽祭は動画配信サービス「U-NEXT」で無観客オンライン配信。クラウドファンディングも実施中。