京都でも聖火リレー 77人が走る

小松万希子 白見はる菜
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 東京五輪聖火リレーが25日、京都府でも始まった。新型コロナウイルス緊急事態宣言により、公道での実施を中止。亀岡市の府立京都スタジアムで、フィールド上に作られたコースを走り、聖火皿への点火セレモニーが行われた。

 1日目のこの日は、京丹後、宮津、舞鶴、綾部、福知山、長岡京、亀岡の各市を走る予定だったランナー77人が50メートルずつ走り、聖火をつないだ。当日、2人のランナーが欠席した。京都市出身でラグビー日本代表の田中史朗選手も参加。無観客で実施されたが、トーチを掲げ手を振りながら走る姿に、ランナーの家族らが拍手を送った。

 府内の聖火リレーは当初、京丹後市から京都市左京区岡崎公園までのルートで、16市町177区間を約190人が走る予定だった。26日も、同スタジアムで行われる。

 一方、リレーの終盤、会場前では五輪中止を訴える市民ら十数人が集まった。横断幕を掲げて周囲を1周し、「オリンピック中止」「聖火リレーやめろ」と訴えた。

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 府内の若いアスリートも、聖火をつないだ。宮津市の高校1年、川崎菜々紗(ななさ)さん(15)は、重量挙げの中学女子で、階級別に七つの日本記録を持つ注目選手。2024年のパリ五輪を目指している。「東京オリンピックにも少しでも関わりたい」とランナーへの応募を決めた。

 両親も重量挙げの元選手という「重量挙げ一家」に育った。母で、海洋高ウエイトリフティング部顧問のさと美さん(48)は、1990年の世界選手権では2位を獲得した実力者だ。菜々紗さんも、1歳の頃からおもちゃのバーベルを上げて遊んでいたという。

 12歳のとき、20歳以下の選手を対象にしたジュニアの全国大会に史上初の小学生で出場。7位入賞して世間を驚かせ、一躍有名になった。中学に入り、日本記録を次々と更新。バーベルを、一度肩の高さまで持ち上げてから頭上に上げる「ジャーク」の記録は91キロ(55キロ級)で、体重のほぼ倍の重さを持ち上げる。

 川崎さんの住む同市栗田地区は、栗田湾に面した自然豊かな小さな町。自宅から歩いて海洋高に通い、ウエイトリフティング部で練習に励む。「世界で活躍する選手になって、地元を盛り上げる」のが今後の夢だ。本来は天橋立を走る予定だったが、「地元の人に見てもらえないのはとても残念。でも、走れることだけでいいんです」。

 宮津市のランナーの第1走者を務めた川崎さん。この日は両親も応援に駆けつけた。重さ1キロのトーチを掲げ、観客に手を振りながら走った。終了後は「緊張した。バーベルに比べると軽いけど、トーチは持ち続けると重たかったです」と笑顔。「もっと練習を頑張って、パリ五輪でも応援してもらえる選手になりたい」(小松万希子)

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 5番目に聖火を受け取ったのは、京丹後市の小松亮介さん(35)。府織物・機械金属振興センター(京丹後市)で、主に京都名産の絹織物「丹後ちりめん」の活用法を研究している繊維専門の技術者だ。長野県茅野市の出身で、小学生の頃、1998年の長野冬季五輪の盛り上がりを目の当たりにした。「自分も五輪に関わりたい」と、走者に応募した。

 大学で、織物や編み物の特性や歴史といった基礎知識を学んだ後、「ものづくりがしたい」と、技術者として、下着メーカーに就職。宮津市の工場で6年間、染めの工程を担った。

 繊維の専門職として2015年から振興センターで働く。丹後ちりめんは、300年もの歴史がありながら、洋装生地としても使われる汎用(はんよう)性が魅力だという。

 昨年、生地に耐性加工を施したり、洗濯技術を工夫したりして、旅館用の寝具としての丹後ちりめん活用法も考案した。地元の小中学生の社会科見学ではセンターを案内し、「世界から注目されつつある地元の産業に誇りを持ってほしい」と伝えている。

 特製の横断幕を手に応援する家族に手を振り、走り終えた。「あっという間で、なんぼでも走っていたかった。子どもの頃に見た長野五輪の選手の姿に勇気づけられ、鮮明に覚えている。子どもたちにも、そんな体験をさせてあげたいなと思う」(白見はる菜)