「隠れてねえかな」捜し歩いた 38年前の津波記憶今も

高橋杏璃
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 104人が亡くなった日本海中部地震が起きてから、26日で38年となった。津波で小学生13人が亡くなった秋田県男鹿市の加茂青砂(かもあおさ)海岸では、遺族や地域の人が集い、手を合わせた。

 日本海中部地震は1983年、秋田県沖で発生。津波警報と前後して波が襲ってきた地域もあり、死者のうち100人が津波で亡くなった。加茂青砂海岸では、内陸部の合川町(現北秋田市)から遠足に来た旧合川南小の4年生8人と5年生5人が津波にのまれ、地震から3日目の28日に全員の遺体が発見された。

 遺族らはこの日、児童を慰霊する「殉難の碑」に向かって焼香した後、地震が起きた午前11時59分に海辺へ。花や線香、手作りの弁当を供え、子どもたちの冥福を祈った。

 4年生の息子を亡くした男性(78)は海を見つめ、「悲しみは変わらない」と語った。息子の遺体が見つかるまでは「毎晩どっかに隠れてねえかなって、捜して歩いたもんだ」という。息子は足が速くて野球が好きな、活発な子だった。「目をつぶって、(大人になった息子が)どうなってるかなって思うけど、浮かぶのは小学生のままだ」と話した。(高橋杏璃)