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キーボードにラップ 医師兼務の社長の思いとは

土井良典
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 コロナ禍で衛生への意識が高まっている。愛知県清須市で、自動車部品の金型を主に作る「エムエス製作所」が、パソコンのキーボードを使う人ごとにラップフィルムで覆う「TOUCH WRAP(タッチラップ)」を手がけた。院内感染の対策が急務な医療現場で試験を重ねている。

 タッチラップは、35×55センチほどの樹脂製の板の台の両端に金具を取り付け、ラップフィルムを巻き取るローラーをセットできるようにしたもの。昨年12月に発表した。

 左右どちらかの端にラップフィルムを付け、料理のときに皿を覆う要領で、フィルムでキーボードを覆うだけ。使い終わったラップは、もう片方の端にあるローラーで巻き取る。キーボードを覆っていたフィルムは内側に巻き取られていくように工夫されていて、巻き取る際に、人の手が触れたフィルム面を触ることはない。

 医療現場では、様々な人がパソコンを使って電子カルテの情報を打ち込んでいくため、キーボードを毎回消毒することが医療従事者の負担になっていた。

 タッチラップの試作品は50個製作。病院に無償提供し、使いやすさを追求する。エムエス製作所の迫田邦裕社長(42)は「まだ見た目がごついし、1台の開発費が5万円ほどするので、求めやすい値段にできるよう試行を重ねている」と話す。

 会社は迫田社長の祖父が1971年に創業した。国内自動車メーカーの車の窓枠のゴムを製作するための金型を作ってきた。なぜ、新分野に力を入れるのか。

 実は、迫田社長のもう一つの顔は循環器内科専門医。コロナ禍で金型製造も落ち込み、一時休業を強いられるなか、医師仲間と話していたときに出たのが、パソコンの消毒に困っているという相談だった。

 変化を模索していたときでもあった。「金型という決まりものを納品する『BtoB』(企業間取引)の仕事から、何かを作り出して、お客さんに直接届ける『BtoC』(消費者向けビジネス)の仕事に踏み出したかった。金型はニッチな分野なので、イメージしづらい。でも、この業界の技術を知ってほしいし、働く人には誇りをもってほしいというのが出発点」と迫田社長は言う。

 「昔は金型業界に魅力を感じなかった。敷かれたレールの上を歩くのがいやで医師になった。でも医師になれたのは、おやじたちが守ってきた製作所があったからこそ。彼らと一緒に働かないと人生、後悔するなと思った」

 タッチラップの前にも挑戦をしていた。目玉はゴルフ用品の製作。金型加工の技術を生かし、鉄の塊からアイアンを削り出した。2019年12月に「MUQU(ムク)」というゴルフブランドをつくった。

 ムクに関心を寄せたのが、ゴルフ好きで知られる競馬の名騎手・武豊さん。交流を続けるうち、馬に騎乗する際に騎手が足を置く「あぶみ」を作ってほしいと依頼され、製作した。評価され、レースで現在使われている。

 「金型技術は車のゴム製品を作るか、鉄を削るかの二択しかなかった。でも、挑戦することで、他社とも協力するなど可能性や視野が広がった。何より、いろいろな人のニーズを拾って製品化すると、武さんのようなトップジョッキーに喜んでいただけると気づいた」と迫田社長。

 タッチラップにも「気づき」は生かされている。院内感染との戦いは長い歴史があり、コロナが収束しても終わりではないという。

 コロナ禍で、人との距離がとれるアウトドアスポーツとしてゴルフ熱が高まっていて、このほど一つが12万円ほどするサンドウェッジを新たに発売した。

 迫田社長は「コロナ禍は会社の軸足を広げるチャンス。医療と工業の医工連携をさらに進めたいし、スポーツの仕事も広げたい。患者と接していて、『病は気から』は、まさにそうだと思う。金型の仕事も同じ。ものづくりは輝けると信じていれば、道はひらける」と話している。(土井良典)