ミャンマー報道見るたび小山さん思う 川崎殺傷事件2年

林知聡
[PR]

 川崎市多摩区で私立カリタス小の児童らが刃物で襲われ、2人が死亡、18人が重軽傷を負った事件から28日で2年となる。亡くなった小山(おやま)智史さん(当時39)は外務省職員でミャンマー語の通訳担当官だった。事態の改善に向けて重責を担っていたに違いない――。国軍のクーデターで情勢が混迷する報道を聞くたびに、小山さんを知る人は、失われたものの大きさを思う。

 あの日、小山さんは同小に通う我が子を送りに来ていた。2019年5月28日朝、刃物を持った男(当時51)が小山さんを襲った後、スクールバスを待っていた児童らに次々と襲いかかり、その直後、刃物で首を切って自殺した。小山さんと小学6年の女児(当時11)が亡くなり、18人が重軽傷を負った。

 「まさか、うそだろ」。神戸大名誉教授の大津定美さん(83)は通夜に参列するため、滋賀県の自宅から新幹線で向かった。10年ほど前、ミャンマー日本大使館で1度、駐在員だった小山さんと短い会話をしただけだったが、その姿が強く印象に残っていた。「言葉に込められる熱意がまったく違っていた」

 農村に小水力発電を普及する活動をしていることを伝えると、「すごい。自分たちで発電できるのですね!」。小山さんは目を輝かせていた。ミャンマー語が堪能で現地の暮らしぶりや政治的な背景を理解していた。互いの国のことを考えながら、積極的に地域に溶け込もうとしていた。

 事件の前、40年来の親交がある、ある人から小山さんの評判を聞いた。「とても頼りにしています」。アウンサンスーチー氏だった。スーチー氏が来日した際に通訳を担当していた小山さんを、ミャンマーの社会や経済の発展に関心があると、高く評価していた。

 大津さんはいまも、小水力発電の普及活動を続けているが、コロナ禍でミャンマーを訪れることはできない。国内で活動のやりとりをするが、小山さん以上に「心がぴたっと」合う人には出会えていない。「それほど小山さんとの出会いは『奇跡』だった。だからこそ、悔しさがなおさら募ります」(林知聡)