ナウシカより腐海に感じた希望 作家・川上弘美さん読解

太田啓之
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 コロナ下を生きる私たちと同じく、マスクなしでは生きられない世界を描いた宮崎駿監督の傑作漫画『風の谷のナウシカ』。同名の映画版と比べても驚くべき広がりと深みを持つこの作品を、作家の川上弘美さんに徹底的に読み解いてもらった。ナウシカとは、果たして何者だったのか――。川上さんの考察の一部を紹介する。

 ――主人公のナウシカに対して、どんな印象を持っていますか?

 「ナウシカって不思議な人だと思います。登場人物の中では、土鬼(ドルク)の『ケチャ』という少女の声が私にはよく響くのですが、ケチャは自分の周囲の大切な人たちが傷つけられた時に怒り、戦う。それは、心の中に『この人たちまでは自分側』という囲いがあるからです。でも、ナウシカにはその囲いがない。敵国の人々や腐海の生命も含め、自分の周囲に来たもの全部を守ろうとして戦う。ある意味、刹那(せつな)的な存在にも見えます」

 ――ペジテの少年アスベルは「ナウシカが……みんなをつなぐ糸なんだ」「なんていう重荷があの少女の肩にのしかかっているのだろう」と独白していますね。

 「ナウシカがあの物語の中でリアリティーのある存在となっているのは、非常に限定された世界が舞台だからでしょう。風の谷は小さな集落だし、トルメキアも土鬼も人口減に悩まされている。そういう中では、ナウシカのように、自分に触れた存在すべてと関わり、世界を変えていくことも可能かもしれない」

 「だけど、現代の私たちの世界は複雑怪奇ですから、ナウシカのような人が周囲に影響を与えられても、それを世界全体に広げていくのは不可能でしょう。『ナウシカ』という作品で一番すごいな、と思うのは、腐海という生態系自体が地球を変化させていくということです。私個人としては、ナウシカよりも、むしろこちらの方に希望を感じます」

 ――ナウシカのように強い共感力と影響力を持つ人が、現実にありうるのでしょうか。

 「現実にはいなくても、いいんじゃないですか。物語は現実をそのままなぞったものではない。ちょっとした破綻(はたん)があったり、『なんで突然こんな文章や絵が出てくるんだろう』という驚きがあったりと、作者自身も制御できない『雑音』がたくさんあることが、物語の特性だと思います」

 「自分とそっくりの物語は存在しなくても、出会った物語に救われたり反発したりするのは、そうした雑音に反応しているからではないでしょうか。『分析しきれないもの』と言ってもいい。現実の何かをきれいに写し取ったり忠実に再現したものだったりしたら、人はそれを見たり聴いたりしても『ふーん』と思うだけだと思います」

 「私自身も、振り返ってみると『なんで私はこんな小説を書いたのだろう』と思う作品ばかり。だけど、そういう時の方が、よく読んでもらえたりするんです」太田啓之

川上弘美さん略歴

かわかみ・ひろみ 1958年、東京都生まれ。大学在学中からSF小説を発表。高校の生物教師などを経て94年に短編『神様』でパスカル短編文学新人賞を受賞し、本格デビュー。96年『蛇を踏む』で芥川賞、2001年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、16年『大きな鳥にさらわれないよう』で泉鏡花文学賞を受賞。近作は『某』(19年)、『三度目の恋』(20年)など。