与論の「赤ひげ」30年 診療所閉めても島を見守る

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稲野慎
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 鹿児島県の最南端に位置する与論島で約30年診療所を営み、惜しまれつつ島を離れた古川(こかわ)誠二さん(71)が、再び、島の医療や島民の健康づくりをサポートすることになった。「幸福の島づくり健康大使」という新たな肩書を受け、徳島県と島とを行き来している。

 徳島県出身で、大阪の総合病院などに勤務した後の1991年、与論島に「パナウル診療所」を開設した。医師不足に悩む島からの要請に応じたもの。島の方言で花を表す「パナ」とサンゴの「ウル」をあわせた言葉を診療所名にした。

 離島医療を支える総合診療医として、手足のけがや、目や耳の痛み、内臓の病気、そしてがんまで――。一日50人ほどの診療を続けた。ほとんどの人は、その最期を自宅で迎える在宅死の島。古川さんは往診にも出て、何人もの患者たちの手をにぎりながら、その瞬間まで寄り添った。

 日常生活は島民としての暮ら…

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