京都人のパン好き 源流作った西陣の「ハイカラ」旦那衆

有料会員記事

原田達矢
[PR]

古都ぶら

 日本有数のパン消費量を誇る京都市。特に京都御苑の北側を通る今出川通沿いは「パンストリート」とも呼ばれ、パン屋の激戦区として知られる。ここでパンはどのように人々に受け入れられてきたのだろう。焼きたての香ばしい薫りに包まれながら、その歴史を探ってみた。(原田達矢)

 銀閣寺から西へ700メートルほど進むと、数百メートルおきにパン屋の看板が現れる。

 「毎日の気分で店を変えている。選択肢が多くて幸せ」。近所の70代の女性は、「アンジュール桃の木」(京都市左京区)で白身魚のタルタルドッグというパンを買った帰り道、笑顔でそう話した。

「パンストリート」に15軒以上

 店の近くを東西に走る今出川通では、東は白川通との交差点から西は千本通と交わる辺りまで、約4キロの間に15軒以上のパン屋を見つけることができ、パンストリートと呼ばれる。

 店主の竹下外茂樹さん(68)は「10年前にここへ移った時も周りから『激戦区』と言われた。ここ数年で競争はさらに激しくなっている」と話す。

 なぜ、こうなったのか。通りで最も古いパン屋に聞くことにした。1919(大正8)年創業の「大正製パン所」(上京区)だ。

 「創業当時、店をよく利用してくれたのは西陣織の職人さんでした。ハイカラな旦那衆が特に好んで買ってくれていたようです」

 店主の妻、河戸晴美さん(69)はそう話した。

 開業当時に売っていたのは、食パンやあんぱん、クリームパンなど。種類は少ないが、パンはまだ珍しかった時代だ。

 河戸さんによると、西陣織業…

この記事は有料会員記事です。残り1488文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【締め切り迫る!】スタンダードコース(月額1,980円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら