「人新世」地質時代に加わるか 別府温泉前の海底に痕跡

神田明美
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 人類の活動が地球環境に影響を与える「人新世」の時代になった、と言われている。「じんしんせい」や「ひとしんせい」と呼ばれるこの時代を、正式な「地質時代」にするかどうか国際組織で検討が進む。地質時代とするには、人新世の始まりの痕跡が残る地点を特定する必要があり、世界11カ所で調査が始まっている。日本でも大分県の別府温泉前の海底が候補地の一つになっている。

始まりの痕跡地 別府湾海底も候補

 オゾンホールの研究でノーベル化学賞を共同受賞したパウル・クルッツェン博士らが2000年、新たな地質時代「Anthropocene(アントロポセン)」になったと提唱した。

 ギリシャ語起源の言葉で「人間の新たな時代」を意味する。日本語で「人新世」と訳された。工業化による汚染や森林破壊、戦争など、人類による環境破壊の深刻さを表す言葉として広まり、論争も起きた。

 09年、地質時代を承認する国際地質科学連合に「人新世作業部会」が設置され、新たな地質時代として提案することが妥当か検討が始まった。地質時代は、地球46億年の歴史を、地層に残る生物の化石や過去の痕跡で区分する。現代は正式には、1万1700年前に始まった「新生代第四紀完新世」とされる。

 近年、地層やサンゴなどに放射性物質や焼却灰など人類活動の形跡が見つかる報告が増えてきた。地質時代の移行は、こうした変化が地球規模で起きていることが節目になる。

 作業部会の検討で、完新世から人新世に移った時期を、核実験による放射能汚染など急激な変化が地球規模に広がった1950年代を軸に提案する方向となった。2020年、人新世の痕跡が現れたことがわかる「模式地」の候補を世界で11カ所選び、絞り込む作業が始まった。

 候補には、サンゴ礁や氷床、鍾乳洞、海底堆積(たいせき)物などが含まれる。オーストラリアのサンゴ礁グレートバリアリーフ、南極の氷床などとともに、別府湾の海底にある堆積物も名を連ねる。作業部会は来年にも、上部組織に提案する地点を選ぶ予定だ。

海底の地層に微量の放射性物質やプラごみ

 別府湾の海底では、堆積した土などが、木の年輪のように1年ごとにしま模様になる「年縞」ができている。地層の年代を特定し、汚染の痕跡を詳しく調べることができる。

 研究を続けている加(くわえ)三千宣・愛媛大学准教授によると、東アジアにある別府湾は、工業化で先行した欧米の地層より、地球規模の変化を裏付ける証拠になりやすい。海底地層からは生物の化石が見つかるため、氷床やサンゴ礁などと比べて生物相の変化を把握しやすい利点もある、という。

 加さんらの研究グループは、別府湾の水深約70メートルの海底層を調査。「核実験による放射性物質汚染」「プラスチック汚染」「石炭の燃焼による灰」「生物相の変化」など9種類のデータを集める予定だ。分析の途中だが、1950年代や60年前後から人類活動による痕跡が現れ始めるという。

 核実験による放射性物質の痕跡を調べている横山祐典・東京大学教授は、「核実験で放出されたプルトニウムは、1955年までの地層ではほぼゼロだった。55年からの10年間、極めてわずかな量だが、検出されている」という。

 プラスチック汚染も同時期にさかのぼる。微細な海洋プラスチックごみマイクロプラスチック」について、日向博文・愛媛大学教授は「60年前後の地層で見つかり始めた」と言う。

 また、生物相の変化の一つとして、人間活動による富栄養化で発生し、赤潮の原因となる渦鞭毛(うずべんもう)藻類が60年代から急速に増えているのも確認された。

正式な地質年代の承認 見通せず

 調査は進むが、人新世が正式に認められるかどうかは、まだ見通せない。

 日本第四紀学会会長の斎藤文紀・島根大学教授によると、国際地質科学連合内で4段階の承認を得る必要がある。「承認を得るのは容易ではなく、否認される可能性も大いにある。古い地質時代を専門にする委員が、最近の変化をどう見ているかは予測できない」

 今後の予定はまず、22年に人新世作業部会が11の模式地候補の中から上部組織の第四紀層序小委員会に推薦する地点を投票で選ぶ。推薦を受けた第四紀層序小委員会は、人新世が妥当か審議し、6割以上の賛成があれば承認される。

 その後、その上の国際層序委員会でも審議し、投票で6割以上の支持が得られれば、最終的に国際地質科学連合の理事会で24年に正式に決める流れになっている。(神田明美)