豪雨時アルミ工場爆発、その時住民は 記憶誌に刻む教訓

中村建太
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 2018年7月の西日本豪雨で大きな浸水被害が出た岡山県総社市下原(しもばら)地区。地区内ではアルミ工場の爆発事故も起きたが、自主防災活動の積み重ねが全戸避難につながり、犠牲者を出さなかった。あの時、何があったのか。後世に残そうと、住民有志が「記憶誌」作りを進めている。

 下原地区は101世帯が床上浸水浸水の深さは最大2メートル以上に達した。16棟が全壊、89棟が半壊するなど計232棟の住宅に被害が出た。記憶誌では住民約10人が手記を寄せ、7月6日深夜のアルミ工場の爆発から、翌7日朝の避難完了までを回想する。

 《やっと眠りについたかと思ったころ、“ドカン…バラバラバラ”、部屋のガラス戸が粉々に飛び散った》《夜間で雨の中、安否確認表を持って確認が取れるまで一戸ずつ漏れなく廻(まわ)った》

 工場爆発から5時間後に全戸避難を完了できたのは、自主防災組織(自主防)の働きかけが大きい。地区では東日本大震災の翌12年に自主防を作り、13年から毎年避難訓練を行ってきた。洪水を想定し、地区を囲む高梁川、小田川、新本川の増水時は2人1組で状況を確認。情報共有し、約110世帯350人を7班に分けて安否確認にまわる仕組みを整えていた。

 記憶誌を発案した下原・砂古自主防の副本部長、川田一馬さん(72)は「たくさんの人に読んでほしい。下原の事例を知ることで、きっとヒントが見つかる」と言う。昨年7月以降、地元の掲示板などで住民に手記を募集。写真提供なども含め、40人ほどが協力してくれた。12月から自主防のメンバーら6人と編集を続けてきた。

 記憶誌のタイトルは「ふるさとの未来へ 私たちが伝えたいこと」。フルカラーのB5判で、全6章99ページの予定だ。当時の避難行動を調査した消防大学校の主任研究官など、専門家の寄稿もある。

 製本作業を経て6月末にも1千部が刷り上がる。7月以降、地元住民や市内の小中学校、図書館などに配る予定だ。「豪雨3年の節目に、災害への危機感を改めて持ってほしい」と川田さんは話す。(中村建太)

 印刷代などを賄うため、川田さんらは朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A―port」(https://a-port.asahi.com/projects/smileshimobara2021/別ウインドウで開きます)で支援金を募っている。7月15日まで。目標額は200万円で、2日までに61万円が集まっている。支援者には募金額に応じて、記憶誌や下原産のコメなどの返礼品を贈る。