ITベンチャー企業の最前線で開発を担う、80歳の現役エンジニアがいる。同僚の多くは20代、30代の孫世代だ。創業まもない新興企業に入って6年半あまり。どんな業務を担い、若い社員とはどのように付き合ってきたのか。
ITベンチャーのフォトシンス(東京)に勤める深谷弘一さん。東京都出身で、生まれは太平洋戦争が始まった1941年。大学卒業後にNECに入り、定年まで勤めた。
フォトシンスは、既存のドアに後付けができて、スマホや交通系ICカードで開け閉めができる法人向けのスマートロックを手掛ける。深谷さんはその機器を製造する非常勤のハードウェアエンジニアだ。
開発部の一員として、電子回路の不具合を直したり、コンピューターでシミュレーションをしながら効率的な回路を考えたりしている。これまでは開発業務へのアドバイスがメインだったが、昨夏からは現場の仕事も担うようになり、実際に手も動かしている。
NECでの専門も電子回路だった。テレビ関連の技術開発や製品化を担い、集積回路設計部門では部門長も務めた。退職後はマレーシアで10年間、主に現地の新卒技術者に対して技術指導をしていた。
「0.5人でいいから加えて」
フォトシンスとの出会いは7年前の2014年、73歳のとき。「マレーシアでずっと仕事を続けていたので、少し疲れたなと思って休んでいたんです。ただ、急に何もしなくなると精神的にどこか不安定になりまして(笑)」
そんなときにシニア向けの人材仲介サイトで、創業直後のフォトシンスを知った。スマホで鍵を開け閉めするという発想が、しばらく現場を離れていた技術者の心をくすぐった。「誰もやったことがなさそうだ。取り組む価値がある」と応募。呼ばれた場所は東京・五反田のマンションの2LDKの一室。創業時のオフィスだった。
孫世代の同僚とスタートップ企業で働く深谷さん。意思疎通や「引き際」で心がけていることは。NEC時代に職場で陥った悪循環と、悩んだ末たどり着いた答えがいまに生きているそうです。
製品を作るのに欠かせない回…
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