第1回ママはちゃんとやったよ 花菜ちゃんに導かれて選んだ道

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瀬戸口和秀
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 お年寄りを車で送迎したり、軽い体操やゲームを一緒にしたり。世間話も交わす。塚本有紀さん(54)=兵庫県宝塚市在住=はデイサービス施設で、介護スタッフとして働く。

 「そんなに仕事をやってしんどくない?」。同僚に声をかけられる時もある。でも、疲れは感じない。

 「ママ、めそめそしないで外に出て」

 娘の花菜(かな)が、励ましてくれる気がする。この仕事にあっているのか。導いてくれたのかなと感じる。

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付属池田小事件20年 共に歩んで

 2001年6月8日午前10時過ぎ。大阪府池田市の大阪教育大付属池田小学校に、宅間守元死刑囚(04年に死刑執行)が包丁を持って校内に侵入し、四つの教室などで児童らを襲った。2年生女児7人と1年生男児1人の計8人が死亡し、児童13人と教諭2人の計15人が重軽傷を負った。塚本さんの長女・花菜さん(当時7)は、犠牲になった一人だった。

 塚本さんが警察や学校の関係者に付き添われ、事件後、初めて学校を訪れたのは7月。廊下に立つと、線香と手向けられた花束の匂いに、頭がくらくらした。普段は、子どもたちや給食のにおいがするのに。

 花菜さんがいた2年南組では、5人が命を落とした。通された教室は机や椅子が散乱し、児童たちの荷物がまだ残されていた。

 「花菜ちゃんはここに倒れていました」

 警察の関係者が教えてくれた。娘が亡くなった場所を前に、言葉を失った。娘の血痕がまだ残っていた。座り込み、声がかれるまで泣き続けた。

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塚本花菜さん=遺族提供

 娘は人見知りをせず、初対面の人にもいつも笑顔を見せ、すぐになついていた。草花が好きで、タンポポとシロツメクサが大のお気に入りだった。

 病院に駆け付けた時、娘はすでに息を引き取っていた。

 「傷が脊髄(せきずい)まで達していた。助かっても普通の生活はできなかったでしょう」

 医師の言葉は、ずっと心に残っていた。

「また6月が来ますね」。デイサービス施設で親しくなった90代の男性が口にしました。男性は人生の最期を看取る施設に移るときにも塚本さんに語りかけました。その言葉に涙が止まりませんでした。

 娘との別れから7年近くにな…

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連載付属池田小事件20年 共に歩んで(全4回)

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