第2回「生きたい」優希さんの68歩 次の一歩、母は踏み出す

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瀬戸口和秀
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 ある刑務所の一室。イスに座る男性受刑者4、5人に向かって、本郷由美子さん(55)=東京都在住=は語りかけてきた。「この時間は命の時間だと思うから、真剣に向きあいたい」

 受刑者への「特別改善指導」の一つ、「被害者の視点を取り入れた教育」で講師を務める。目の前に座るのは殺人など重い罪で刑務所に入った受刑者たちだ。

 受刑者の生い立ちや思いに耳を傾け、被害者側の苦しみも伝える。自身の講演を聴いた刑務所関係者からの依頼がきっかけで始めた活動だ。

 長女の優希(ゆき)さん(当時7)を20年前、大阪教育大付属池田小学校の事件で失った。

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付属池田小事件20年 共に歩んで

 とっても甘えん坊だけど、芯の強いところもある子だった。怒ると下唇を突き出して「ぷー」という顔になり、恥ずかしがったり照れたりするときは鼻の穴をぴくぴく膨らませた。幼稚園の頃の夢は「お花やさん」で、小学校に入ると「先生」になった。

 苦しさのあまり死ぬことも考えた。そんな中、弔問で自宅を訪れたり、学校の安全対策などを求める署名活動で出会ったりした、事件や事故の被害者たちが「頑張らなくていいんですよ」と声をかけてくれたり、何も言わず手を握ってくれたりした。近所の同世代の友人たちは静かに寄り添ってくれて、救われた。

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本郷優希さん=遺族提供

 「私も苦しむ人に寄り添えたら」。2005年、傷ついた人の心をケアする民間資格「精神対話士」の資格を取得。上智大学の研究所で3年間、グリーフ(悲嘆)ケアも学んだ。

 事故で子どもを失った親、東京電力福島第一原発事故の避難者、終末期医療を受ける人たち……。苦しみを聞き、寄り添う活動をしてきた。憎しみからは何も生まれない。だから、一つひとつの命と向きあいたい、と思った。

 優希さんは、校舎の出口に向かって必死に歩く途中に力尽きました。その距離は39メートル。自身の歩幅で68歩でした。必死で生きようとした優希さんが、生きることの意味を教えてくれました。できることは何か。母として68歩分生きようと、考えて考えて、20年間歩いてきました。

 グリーフケアの活動を続ける…

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