横田滋さんは最初の友人 会うと必ず「支援ありがとう」

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斎藤博美
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 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、滋さんが87歳で亡くなって5日で1年になる。同じマンションに住む住民らによる支援団体「あさがおの会」代表として、滋さん、早紀江さん(85)夫妻と親交を深めてきた田島忠さん(79)は、闘いを続けながらも穏やかで物静かだった滋さんの人柄をしのぶ。5日午前10時~午後5時には神奈川県のJR川崎駅北口自由通路で、同会が協力して、滋さんが撮影した家族写真などを展示する写真展が開かれる。

 田島さんと滋さんの出会いは1990年。川崎市の新築マンションの入居者同士として、エレベーターで乗り合わせた。互いに犬を飼い、共通の趣味だったカメラで話がはずんだ。「マンションで最初にできた友人。うれしかったですよ」

 97年、報道でめぐみさんの事件を初めて知った。「大変なことが起きていたんですね」。そう声をかけるのが精いっぱいだった。「そうなんですよ」。滋さんは苦渋の表情で答えた。「温和な滋さんのあんな表情は初めて。今も忘れられません」と振り返る。

 2003年、田島さんらは、マンション住民有志で横田夫妻の活動を支援しようと「あさがおの会」を設立。前年、北朝鮮は拉致を認め、拉致被害者5人が帰国したが、めぐみさんの姿はなかった。「できることはないか」と会で相談し、滋さんが撮りためた家族写真をマンションのロビーに展示した。めぐみさんの成長を記録し、日常を切り取った写真は人々の心を打ち、全国各地での写真展につながった。

 滋さんはかつて「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の代表として、全国を忙しく飛び回っていた。そんなときも田島さんに会うと必ず「いつも支援していただきありがとうございます」と丁寧に謝意を伝えた。田島さんは「めぐみさんを取り戻すという強い意志を秘めながらも、温和な人柄は少しも変わりませんでした」と話す。

 18年4月、滋さんは入院…

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