地元は京の花街、舞妓デビュー 他府県出身9割超の中で

大貫聡子
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 京都五花街のひとつ上七軒でこの春、一人の舞妓(まいこ)がデビューした。市(いち)すずさん(19)。上七軒の近くで生まれ、小さい頃から芸舞妓が行き交う姿を見て育った。五花街の舞妓は9割以上が他府県出身。地元出身者が舞妓になるのは最近ではめずらしいという。

 市すずさんの店出し(デビュー)は、京都市内の飲食店に営業時間の短縮要請が出された4月5日。

 「へぇ。コロナやさかいにしかたないのどすけど、お座敷に呼んでもらえへんのは残念どすねぇ」

 上七軒の近くで生まれ育った市すずさんにとって、舞妓は小さい頃から、身近な存在だった。中学生の時、母親に「やってみたら?」と勧められたこともあったが、「私なんてムリムリって思っていました」と笑う。

 夢が身近になったのは、看護師を目指して大学に通っていた昨年7月。国家資格をとって安定した人生を送りたいと勉強を続けてきたが「ふと予想のつかない未来が見てみたい、って思たんどす」。小さい頃から人と話すことが好きだったこともあり、翌8月には大学を中退。置屋の門をたたいた。住み込みの「仕込み(見習い)」として、踊りや言葉遣いを学び始めた。

 緊急事態宣言が継続し、今もお座敷に上がる機会はほぼない。初舞台となる6月の五花街合同公演「都の賑(にぎわ)い」に向けて稽古に励む毎日だ。「地元出身というても、私はお茶屋さんの娘でもなく、ずっとお稽古していたわけではないのどすけど。生まれ育った地域のためにうちができることがあったら、頑張りとうおす」

 京都伝統伎芸(ぎげい)振興財団(おおきに財団)の調べでは、2021年1月時点で、五花街に在籍している舞妓の94%が他府県の出身。上七軒お茶屋組合によれば、現在いる芸舞妓19人のうち4人が地元出身だが、市すずさん以外は皆70代以上だという。

 上七軒で65年続く料理屋「お初」を営み、地元の歴史に詳しい元芸妓の田中都子(みやこ)さん(82)は、「この地域の子が舞妓さんになるなんて、50年ぶりと違う?」と目を細める。この地域は、北野天満宮上七軒を含み、翔鸞(しょうらん)学区と呼ばれる。明治初期に64できた番組小学校の学区の流れをくむ。田中さんは母親の代からこの地で芸妓として暮らしてきた。「昔はね、芸妓さんっていったら、幼稚園から翔鸞って子ばかりだったんですよ」と田中さんはいう。

 「花街と芸妓・舞妓の世界」などの著書がある国立民族学博物館外来研究員の松田有紀子さんによると、かつて、京都の花街は、置屋やお茶屋の娘である「家娘(うちむすめ)」も芸舞妓として働き、後に跡を継いでいた。だが、戦後生まれの家娘は芸舞妓にならずに、経営者として店を継ぐことが多くなった。今は、仕込みの間に置屋が育成費を出し、舞妓になった後、働きながら返していく仕組みを利用して、他府県出身者が舞妓になることが多いという。

 松田さんは「地元の人たちは、市すずさんを家娘が舞妓さんをやっているように感じ、あたたかく受け止めているのではないか」と話している。(大貫聡子)