「まだいける」で狂った歯車 体操白井が五輪逃したわけ

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金島淑華
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 内村航平に続く、体操ニッポンのエースとして期待された白井健三東京オリンピック(五輪)出場がなくなった。日本代表決定競技会を兼ねた6日の全日本種目別選手権決勝。得意のゆかで15・133点で2位に入ったが、代表には手が届かなかった。

 五輪代表を争う舞台にいながら、白井が目指したのは五輪切符ではなかった。「代表になれるとは思っていない。リオデジャネイロ五輪のときは代表に入り、万人が思う『正解者』になったけれど、今はやりたい演技に挑戦するのが僕の正解なんです」

 4月に持病の腰痛が再発し、1カ月前には足首も痛めたが、攻めた。演技の難しさを示すDスコアは決勝に進んだ8選手のうち最も高い6・9。大きなミスなく演技を終えると、観客席やカメラに向かって、何度も笑顔で手を振った。

 白井が体操界に革命を起こしたのは2013年の世界選手権だった。

 日本男子では史上初となる高校生での代表入りを果たすと、ゆかと跳馬で、主要国際大会で誰も成功させていない「ひねり技」を三つも決めた。最大で4回ひねり。そのすべてに「シライ」の名がついた。

 ゆかでは金メダルを獲得。「尻もちをつかなければ絶対に勝てる」と言われるほど、他を圧倒する演技構成だった。王者の内村は「ひねりすぎて気持ち悪い」とあっけにとられていた。

 当時17歳。瞬く間に世界のトップ選手へと駆け上がったため、会場でサイン攻めにあっても「まだサインがないんです」。戸惑いながら、漢字で大きく「白井健三」と書いていた。

 16年リオデジャネイロ五輪では日本の団体金メダルに貢献した。このとき、まだ19歳。東京五輪は日本のエース格に――。誰もが期待した。

 だが、歯車は狂い始めた。

「あの時に危機感を持つことができていたら……」

 中学2年から高校3年まで白…

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