絶望の淵から五輪へ 体操北園に前を向かせた一本の電話

山口史朗
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 体操の全日本種目別選手権が6日、東京オリンピック(五輪)の日本代表決定競技会を兼ね、群馬・高崎アリーナで決勝があった。男子では内村航平(ジョイカル)が鉄棒で15・100点をマークし、個人枠での五輪代表に内定した。内村は4大会連続の五輪代表。個人枠の代表争いは、日本体操協会が作成した「世界ランキング」と代表選考会での選手の得点を比較し、5~40のポイントに換算。最も多い合計ポイントを獲得した選手が選ばれる。内村は跳馬の米倉英信(徳洲会)と合計ポイントで並んだが、規定によって上回った。

 すでに橋本大輝(順大)、萱(かや)和磨(セントラルスポーツ)が代表に内定している団体は、谷川航(同)と北園丈琉(たける)(徳洲会)がともに初の五輪切符を手にした。山口史朗

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 体操ニッポンの次代を背負う18歳は、涙と笑みで顔をくしゃくしゃにしながら内村航平の元へ歩み寄った。最終種目の鉄棒を終えた直後のことだ。

 「航平さん、ガンバです」。これから演技へ向かう32歳と、北園丈琉は拳を合わせた。

 絶望の淵から、代表に滑り込んだ。

 予選を1位で通過した4月の全日本個人総合選手権。決勝の鉄棒で落下した際に両ひじを痛めた。靱帯(じんたい)の損傷に剝離(はくり)骨折。鉄棒にぶらさがることさえできなくなった。

 直後は「もう、東京五輪を目指さなくていいかな」とも思った。

 でも「東京で金メダル」は、身長130センチに満たない小学5年生のころから言い続けてきた目標。諦めきれるわけはなかった。

 けがの数日後、1本の電話がかかってきた。「気持ちを切らさなかったら、絶対に戻ってこられる」。憧れの内村からだった。

 「航平さんとオリンピックにいきたい」。再び前を向くと、回復は驚異的だった。大阪・清風中学・高校時代から指導する梅本英貴コーチが言う。「奇跡。あれが、5年生から言い続けてきた思いなのか。なぜ(演技を)やれているのか分からない」

 この大会はつり輪以外の5種目に出場し、4種目で全日本の得点を上回った。「最後は自分を信じるだけだった。出た種目のほとんどで、自分のベストパフォーマンスができました」

 夢はかなった。

 直後の演技で4大会連続の五輪出場を決めた内村は北園をこう評した。

 「丈琉の強さをひしひしと感じる大会でしたね。言葉じゃ表せない何かを持って生まれてきた選手なんだろうな」

 内村が19歳で北京大会に初出場し、個人総合の銀メダルに輝いたのは2008年。あのとき5歳だった少年は、憧れの人をも驚かせる体操選手となった。山口史朗